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紫の章16
フェイロンが荒い息をついて、ハッと目を覚ました。
「夢…俺はうなされていたのか…」
葵は心配な面持ちで、尾を一回パシッと叩く。
「アオ?(大丈夫?)」
「おまえが起こしてくれたのか……まさか、悪夢の原因に心配されるとはな……」
ボソッとフェイロンは呟いたが、耳のいい葵にはしっかり聞こえていた。
(俺が悪夢の原因?どういう事だ?)
ふぅ、と息を吐いたフェイロンは、そこでやっと葵が自分の腹の上に乗っているのに気付いた。
「お前は……」
やはり、上に乗られるのは嫌だっただろうか?慌てて降りようとする葵を、フェイロンは静かに制した。
「いや、いいんだ。お前は……いつも俺にそうやって寄り添ってくるな…。俺は、正直お前が恐ろしい。登極したばかりで忙しいのもあるが、政務に打ち込んでいるのはお前がいる私室に帰りたくないのもある」
紫の瞳が揺れ動き、紫水晶のような深みを増す。
「なのに、お前ときたら、いい匂いをさせて、無邪気に俺に寄り添って、お前の、この空と同じ澄んだ青の瞳を見ていると、俺は…」
そのままフェイロンは黙り込んでしまう。
葵はショックで動けなくなってしまった。
今まで、馬鹿にしているそぶりはあっても、まさか怯えているなんて夢にも思わなかった。
まさか自分のせいでフェイロンがゆっくり休めていないなんて……。
何が恐ろしいのだろう?
この鋭い赤い爪?
尖った二本の角?
この姿がフェイロンに怖がられていると思うと、言いようのない悲しみが生まれる。
(俺がもし、『元』の俺なら、フェイロンは怖くない?)
聞いてみたくても、聞けないこの姿がもどかしい。
「お前は……この紫龍園が大きくなったら嬉しいか?」
ふいにフェイロンがこちらを見ないまま聞いてきた。
葵はちょっと考えて一回尾をブンと振った。
「そうか……」
そのまままフェイロンはまた目を閉じた。
眠ってしまったのかもしれない。
目を閉じたままなら、フェイロンは自分が恐ろしくないだろうか?
何も言われないので、葵もそのままフェイロンの上で大人しく目を閉じる。
せめて少しでもフェイロンに自分の香りが、優しく届けばいいのにと願いながらーー。
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