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黒の章6

 声が出て、葵は自分でも驚いた。ここはフェイロンの夢の中なのだろうか?  だから、声も出せるのか?試しに自分の手を見てみたが、赤い爪は生えたままだったので、姿は元のままのようだ。 「夢の中で、お前の姿がここまでハッキリ見えるのは初めてだな。いつもは雲の中に隠れているのに。どうした?とうとう俺を殺しに来たのか?」  夢の中の青龍はいつもああやって、フェイロンの母を殺しているのだろうか? 「なんで……?フェイロンは何故そんなに青龍に怯えるんだ?夢の中で、なんであんなに恐ろしい青龍が出てくるんだ?」  ずっと聞きたかった。ろくに触れ合ったこともないのに、なんでこんなに嫌われるのか。  同じ空間にいることも苦痛な程、なぜ葵を嫌がるのか。  フェイロンは真っ直ぐ葵を見返すと、静かに語り始めた。 「……俺は、母の不義の子だ。母は中流階級出身で、王宮には侍女として入った。ある日、前皇帝が母を見初めてな。側室として後宮に入ったが、そもそも前皇帝は側室だけで30人はいたので、とても大切にされているとは言えなかった。 更に母には元々両思いの幼馴染みがいた。一度は思い詰めて夜逃げをしようとしたらしいが、幼馴染みに害が及ぶのを恐れて舞い戻ったらしい。 それでも母を哀れに思った侍女の計らいで、何回か逢引する事は出来たようだ。その後、紫色の髪と瞳を持つ俺が生まれた」  あの金髪の女性がフェイロンの母親なのだろう。  顔は見えなかったが、佇まいとフェイロンの顔立ちからさぞかし美しい人なのだろうという事は想像できた。 「この国では、髪の色が違う子が生まれてくる事は多いのか?」 「ほぼ無いな。逢引相手は茶色の髪と瞳の持ち主だったので、母は大層たまげた。紫色だらけで生まれてくる子供なんて普通じゃまぁ、考えられない」  前皇帝は灰色の髪だったが、と前置きしてフェイロンは卑屈に笑った。 「この俺の紫だらけの姿を前皇帝は、いたく気に入ったようでな。紫を好む青龍が降臨するに違いないと、数ある子供たちの中から俺を世継ぎにしようと決めた。世継ぎ争いを避けるため、他の子供は全員里子に出されるのが定めだ」    結末は分かっている。今フェイロンが、ここに居る事が答えだ。それでも思わず息を呑んだ。 「皇帝の血を引かない、俺が唯一の後継ぎとなった」  フェイロンはここまで一気に喋ると、視線を母親が倒れていた場所に戻した。  もうそこにいたはずの親子は居なくなり、静かに紫龍草が風に揺られ佇んでいる。 「母は大変な事をしてしまったとそこで気づいてな。逢引相手とは既に絶縁していたが、取り返しがつく問題じゃない。真実が知られれば間違いなく親子とも死刑だ。母はこの紫色の瞳と髪が青龍にいつも見張られている心地がしたらしい。いつか天罰が当たってしまうと度々発狂するようになった。 俺は母を守る為にも、完璧な世継ぎを演じるしかなかった」  フッとフェイロンが自重するように笑った。 「だが、ある日母は早朝この紫龍園で死体で見つかった。母はよく紫龍園に行って、青龍様、申し訳ありません、と天に向かって懺悔していたんだ。恐らくそのまま心臓発作で亡くなった」  淡々とした口調が、寧ろその悲しみの深さを物語っていた。恐らく何度も思い出しては、後悔の繰り返しだったのだろう。助ける方法はなかったのか。深い後悔が、フェイロンの悪夢に繋がっている気がする。   「母の為に完璧に世継ぎを演じる必要はなくなったが、なんせ俺は青龍など信じてなかったし、俺以外に国を治める器のやつなんていなかったからな。 それからは、まぁ普通に国のために働いてたんだが、前皇帝が死んで、俺が登極したら、お前が現れた……」  静かな紫色の瞳がもう一度葵を見つめる。  出会った時もそうだった。  燃える様でいての氷のような冷たさを持つ紫色の瞳が不思議に揺らめいている。  瞳の奥でフェイロンは、いつも何かを考えていた。 「俺は皇帝の血を引いていない。青龍が現れるはずがない。もし、お前が青龍だとしたら俺に天罰を下しに来たとしか考えられない」 「そんな………」 「だが、お前は間違いなく青龍だし、お前はいつもいい匂いをさせて俺に優しく寄り添う。澄んだ瞳で俺を見つめる。俺は死ぬのは恐ろしくない……だが、お前の瞳が恐ろしい……」

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