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黒の章10 王様の独り言②

 目の前にいる農耕大臣が声を掛けてきた。この古狸は名をユンソンと言って、頭頂部は大分ハゲているが、豊かな髭を生やしている。  去年新しい側室を迎えたばかりで、意欲と精力に溢れているが、おんとし60歳を迎えたはずだ。  敵という程ではないが、顔を見るたびに世継ぎ世継ぎとうるさく言ってくるのが煩わしい。  ロンワン王国は外交というものが殆どないので、自然と農耕大臣が力を持っており無下にも出来ない。 「ユンソン様、流石に話題が強引過ぎるのでは? それは勿論、私も陛下には1日も早くお妃様を迎えて頂きたい気持ちでいっぱいですが」  フェイロンの右隣にいた宰相のチェンが口を挟んできた。  チェンはフェイロンが登極した際に宰相に抜擢した。まだ30歳前半ながら、誰よりも物事を見通し書庫にある本を全て暗記しているという噂まである。  物腰は柔らかだが、一本芯が通っていて笑うと無くなる細い目は敵に回してはいけない光を放っていた。  基本的にはフェイロンの味方だが、事、世継ぎに関してはユンソンと同意見らしい。  せっかく、アオの可愛い仕草でいい気分になっていたところに水を差され、気分を害した事を隠そうともせずフェイロンは言い返した。 「女は好かんと、いつも言っているだろう。世継ぎの事は前帝があちこちに産ませた子供から引き取ればいい。それが気に食わんなら今すぐ俺を退位させろ」  ユンソンはため息をつきながら小言を続ける。 「やれやれ、こんな事なら青龍様が女人ならよろしかったのに。そうすれば少しは女性にも好意を持ってくださるものを」 「おい、なんて事言い出すんだ。それにアオはオスだ」  フェイロンがサラリと言うと、ええ!?と少し前に新兵起用の書類を持ってきていたホンが大声を上げた。 「なんでそんな事分かるんですか!?見たんですか!?」  今度はフェイロンがハァ!?と声を上げる番だった。 「そ、そんなわけないだろうが!!お、お前こそアオを変な目で見るんじゃない!」 「いや、見るわけないじゃないですか…ドン引きですよ、陛下。青龍様が青年じゃなくて本当に良かったですよ……」  ホンが失礼な事を言ってきたが、青龍が青年という言葉にフェイロンは激しく反応してしまった。  涼やかな声から想像できる、清廉とした容姿を思い浮かべ、フェイロンは思わず胸が高鳴る。 (待て、これではホンが言う通りではないか。違う、これは違うぞ、断じて)  しかし、夢の中で一人の人間のようにアオと接していた感覚が忘れられない。 (アオが人間だったら、どんなに素朴な顔でも大切にする自信がある)  考えても詮無い事だが、想像してみるとどうしても顔が緩んでしまう。 「陛下……本当、人としての倫理だけは守ってくださいね……」  ホンがまたしても失礼な事を言ってくる。ユンソンとチェンも心配そうだ。 「待て、お前たちは誤解をしている。いいか……」 「失礼します。陛下、急ぎ報告したい事が」  ノックが聞こえ、すぐにグアンが入ってきた。 無礼な入室だが、フェイロン本人がグアンにどんな時でも入ってこいと声をかけていた。 「許す。言え」  グアンが息を弾ませ紅潮した顔で報告する。 「陛下、例の件。成功でございます。このまま順調にいけば……」 「よし!急ぎアオの所にいくぞ!」  まだ報告が終わらないうちに、勢いよく椅子を蹴り出し大股で扉に向かうフェイロンを、チェンが慌てて止める。 「あ!陛下っ!!政務が途中ですがっ!?」 「後だ!後!!」  そう言い去ると、フェイロンは一目散に私室に向かった。早くアオの喜ぶ顔が見たい。  アオが何者だろうと、フェイロンは今のアオを喜ばせたかった。  残された政務室の一同は、お互い顔を見合わせ、深い溜息をつくほかなかった。

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