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黒の章11
葵はとても困っていた。最近フェイロンが葵にとても優しいのだ。
(困る……本当に困る……)
あの魔法のように美しい紫の瞳が優しく葵を見つめてくるのだ。
(かっこ良すぎるんだよ……)
整った厚みのある唇が近づいてきて、どうした?なんて耳元に声をかけられたら、もう!もう!!
(ダメーー!!好きになっちゃダメなんだよっ)
今の俺は爬虫類。今の俺は爬虫類。と繰り返し自分に言い聞かせる。
きっとフェイロンはホンと一緒で爬虫類マニアだったのだ。
今の葵にはペットとして優しくしてくれているのだろう。
(ペットで満足。ペット最高)
そもそも、ペットとしても一緒にいていいのかさえ疑問が残る。あれ以来現れないが、クロが言っていたあの言葉が本当なら、葵は災いを呼ぶ生き物なのだ。
(フェイロンに何かあったら困る……)
それでも、フェイロンが葵の隣で優しく笑ってくれると、どうにもここを離れがたい。
フェイロンが、俺の龍だと言ってくれているのに、ここでいなくなれば、フェイロンを傷つけてしまうのではと思うと怖い。
(そんなの……ただの言い訳で、結局俺がフェイロンの側にいたいだけなのかも……)
「アオ!!」
突如フェイロンが部屋に入ってきた。
午後の政務は始まったばかりで、休憩には早すぎる。
「いい知らせがあるんだ!一緒においで」
フェイロンはアオを赤ん坊を抱くように縦に抱っこして部屋を出る。この抱き方は本来尻尾が触れて嫌なはずだがフェイロンだと気にならないのは何故なんだろうか。
半ば小走りで長い廊下を走り、いくつもの門を抜けて向かったのはーー
(紫龍園?)
そのままフェイロンは広大な紫龍草の花畑をドンドン進み、やがて青紫の花が途切れる所まで辿り着いた。
「アオ、ここを見てみろっ」
フェイロンが指をさした方を見ると、土が広がっているばかりと思っていた場所に沢山の小さな蕾が咲いている。
(これってーーー)
「分かるか?紫龍草の蕾だ」
フェイロンが悪戯っ子のような顔でフフッと笑う。
「紫龍草は代々王しか咲かせることが出来ない。俺は王家の血筋ではないからな、はなから紫龍草の種なぞ撒くつもりはなかったんだが、お前が俺の事を王だと言ってくれただろう?ダメ元でこの間グアンの手解きで、種を撒いてみたんだ。」
葵はビックリしてフェイロンを見た。
確かに青龍と王との契約に紫龍草が関係しているような事をグアンが言っていた気がしたが、王でなければ咲かせられないなど初めて知った。フェイロンは自分の事を偽物の王だと思っていたようなので、種を撒くには相当な勇気が必要だったはずだ。
フェイロンは照れ臭そうにしていたが、少し心配そうな顔になって葵の方を向く。
「お前が……紫龍園が大きくなったら嬉しいって言っていただろう?俺がお前に出来る事はこれくらいしか出来ないから……嬉しいか?」
紫龍草の花畑の香りなのか、フェイロンの香りなのか、風にのって優しく爽やかな香りが葵の鼻腔を抜けて心臓まで届いたような心地がする。
(ダメだよ……こんなの……)
葵は目頭が熱くなるのを必死で抑えて尻尾を振る代わりに、瞬きをゆっくり三回する。
「そうか……良かった……」
フェイロンが少年のような笑顔で葵を見る。
(ーーフェイロンが好きだ……)
この人を好きにならないわけが無い。
本当はずっと分かってた。初めて会った時からフェイロンは特別だった。葵の事を嫌っていた時期も、葵はフェイロンの事を嫌いになれなかった。一緒にいればいる程、フェイロンの全てが愛おしい。
「ん?どうした?」
(またそんな優しい顔でその台詞を言う……)
葵は何も言わず、そっとフェイロンの胸に顔を埋めた。
この時間が永遠に続くとは思えなかったが、今はただ、フェイロンの側にいられる事の幸せを噛み締めていたかった。
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