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青の章12
見ると紫龍草は二畳ほどの面積に慎ましく咲いていた。小さいがきちんと手入れされた紫龍草の花畑のようだ。
紫龍草は王が管理し、王宮以外では咲かないはず。では、ここは王宮なんだろうか?それにしては随分小さな花畑だがーー。
そこまで考え、もしやここは過去の世界なのではないかという事に気付いた。紫龍草は王のみ増やせる花なのだ。ここはフェイロンと見た紫龍草の花畑の過去の姿なのかもしれないーー。それも、少ししか紫龍草が咲いていない所を見るとかなりの過去ではないかーー。
ふと花畑の近くに二人の青年らしき影が見えた。先程は何の気配もしなかったのにと驚いてよく見ると、一人は透き通るほど白い肌に瑠璃色の瞳をして、深い海のように真っ青で豊かな髪が波たつように腰まで伸びている。同じく真っ青に染められた着物を着て、肩には色鮮やかな赤い小鳥を乗せていた。まるで神話にでも出てきそうな不思議な雰囲気を纏った青年だ。
もう片方の人物を確認して葵は更に驚いた。
(クロだーー)
今より少し髪の毛が長いのと衣服もきちんとした印象だが、真っ黒な髪と瞳も、年の頃さえ今のクロそのままのように見える。
「青龍、あの人間に魂を半分くれてやったというのは本当か?いや、言わなくても分かる。今のあんたを見れば……何故だ?何故そんな事をーーこの国にあんたがずっと留まっているのさえ腹立たしかったのにっ!」
クロのように見える人物が目の前の人物に詰め寄っている。
(では、あの人が過去の青龍ーー)
青龍は穏やかに笑っている。長くたわわな髪が風に溶けるようになびいて、コバルトブルーの海の中に迷い込んだような錯覚を覚える。
「あいつが俺の法力から作った花が思いのほか美味しくてなぁ。玄武、お前も食べただろ?」
上品な顔から思いの外、乱暴な口調が飛び出し葵がびっくりしていると、もう一人の玄武と言われた青年が苛々した口調で答える。
「あんたの法力の花ですからね、食べられない事はありませんが別に美味しい物でもありませんよ。花なんていくらだって俺が作ってやるのにっ!だいたい、霊獣の中でこんなに人間に干渉してるのは、あんただけですよっ。戦争は終わらせてやったんだ。もうとっくに秩序も取り戻したんだから、さっさと森へ帰りましょうよ」
まあまあ、と青龍がなだめながら飄々と答えた。
「まあ、花なんてのは建前で、俺はなかなかあいつを気に入ってるんだ。あいつも俺を何より大事にしてくれていたと思う。それがな、あの、子供というモノを産むと変わってしまった。何よりも子供が一番だと言うんだ。あいつは俺の法力から花を産み出すのに、子供をよその女に産ませた時の方が嬉しそうにしてるんだ 」
玄武は呆れた顔で、まぁ、そうでしょうね、と適当に相槌をうつ。
「あんな……あんな顔は俺にはさせられない。俺も、あいつにあんな顔をさせてみたい。俺も人間に生まれ変わって、あいつの子供を産んでみたい」
「なんて馬鹿な事を!!そんな事の為に魂をあの人間に分けたのか!?」
玄武は信じられない!と発狂しそうな勢いで抗議するが、青龍は全く動じない。
「半分だけじゃ到底人間の器には入らないからな。魂の半分はあいつに分けて、法力は銀の髪の一族と、紫龍草の種に分けた。これで人間に転生しても、なんとかなるだろう」
「そんな……だが、あんたは『陽』の力で満ちあふれている。転生しても人間の女になるのは不可能だ」
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