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青の章13
「うん、まぁ、そうなんだよな。あいつを女に生まれ変わらせることも考えたんだけど、俺が男としてこの国で生まれれば、恐らく陰陽のバランスを崩してしまう。陽の力が強まれば、いつまた戦争が起こってもおかしくない」
「そうなれば、また俺が人間を半分に減らしますよ。そもそも俺達がこの地に下ったのは戦争を繰り返す人間に天罰を下す為だ。それを下手に親切心を出すから人間どもは勘違いして霊獣を祀る国まで現れた。このロンワンを筆頭に」
玄武は今すぐにでもまた人間を減らしたそうだ。葵はグアンとシィンが話していたこの大陸の歴史を思い出していた。
戦争ばかりしていた人間達に天罰を下すために天帝が霊獣達を遣わしたと確かに言っていた。神話のようなものかと思って聞いていたが、それは実際に起こっていた出来事らしい。グアンは霊獣を『祝福』と言っていたが、玄武を見ている限り随分物騒な祝福だ。
「まあ、待て。戦争はだめだ。もう二度と起こさせてはいけない。それでな、朱雀が見つけてきたんだが、異界で男でも子供を産める種族があったんだ。陽の身体で産まれてくるのに、陰分を含む不思議な種族だ。そこで産まれてこちらに渡れば、陰陽のバランスを崩さないし、俺も子供を産むことが出来る」
「異界?でも、異界は法力が通用しません。異界で産まれれば、あんたといえども、法力でこちらに渡るのは難しいでしょう」
「うん。だからお前に、異界を渡るのを手助けしてもらえないかと思ってーー」
玄武が黙って青龍を見つめる。明らかに不満がありそうだったが、青龍の言葉には異論を認めない響きがあった。なんとなく、青龍も玄武が言うことを聞くのを分かって言っている素振りがある。
「安心しなよ~!僕も一緒に青龍様についてくから。お前はこの世界の事よろしくね!」
青龍の肩にいた赤い鳥が器用に片方の翼だけ上げて突然話しだしだ。
「ふん、お前みたいな鳥野郎でも一応霊獣だろうが。お前も人間に魂をわけるのか」
「僕は元々青龍様に力をお預けしていて、そんなに法力があるわけじゃないからね。適当な人間にちょぴっとだけ分ければなんとかなるでしょ~。玄武はここでお留守番頑張ってね!」
「言っとくけど、お前が異界を渡る手伝いはしねえからな」
「はあ!?何それ!!ケチ!!陰険蛇!!」
「まあまあ、朱雀は俺がこっちに来れたら迎えに行くから」
「本当!?絶対ですよ!!」
「……まあ、お前には翼があるから、なんとかなるだろう」
「そんな!青龍様!!いい加減な!!」
でもそんな所も好き!と朱雀と呼ばれた赤い鳥が青龍の肩でチュンチュンと鳴く。愛嬌のあるその姿が何となく誰かと被る。
「では、手伝ってくれるのか?玄武」
玄武と呼ばれた青年は、渋々といった様子でうなずいた。
「嫌です。って言ってもどうせあんたはしたいようにするんだ。それなら、俺が見守ってた方がまだ安心ですよ」
ふふ、と口元を緩めて青龍が玄武の頭を撫でた。玄武は子供のような顔で目を瞑って青龍に抱きつく。
「俺はあんたがいればいいのに。あんたは人間といたいなんて。酷すぎじゃないですか。こんな所に来なければ良かった……」
「……俺もお前が大事だよ。でも、下界に来てから俺の知らない感情が俺に芽生えているのを感じるんだ。俺は、それがなんなのか確かめてみたい。お前にもきっと見つかるよ。俺以外の大事な物。天界の凪いでばかりの世界に比べてこの世界は面白い」
「いらないよ……俺はあんたさえいればいいーー。あんたが産む子供には、ちょっと興味があるけど」
玄武が青龍に顔を寄せて啄ばむように唇を合わせた。青龍は笑いながらお返しとばかりに玄武の頬に口づける。その姿は何となくだが野生の動物を連想させて、彼らが人ではない事を葵は実感した。
「白虎とも仲良くな。あんな奴だが俺がいない期間よろしく頼む」
「はあ!? 嫌だよ。どうせ、あいつはあんたがいようがいなかろうが好きにするさ」
ここにはいないが、白虎も存在するらしい。四つの国にそれぞれ霊獣が降り立ったと言っていたから当然と言えば当然だが。玄武の口ぶりから推測するに、どうやら白虎は相当自由な気質らしい。
「なんか、魂を分ければ人間になれるって言ったら、鯨になってみたいって言ってたよ」
そこでまた、ずっと様子を見守っていた朱雀が口を挟んできた。
「うわ、本当にあいつは馬鹿だな……」
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