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番外編 気侭な白虎は、子供を攫う 前編
まえがき
今までの孤独なシリーズとは少し毛色が異なり、かなり独立した話になりました。
盲目の少年と気持ち悪いオジサンとの絡みが出てくるので苦手な方は注意です。
※※※
「……っ!」
傷だらけの指に貝の割れた部分が刺さって思わず声を上げそうになった。
水の季節の海水は、凍るように冷たい。海水に浸かっている足首までの感覚はとっくに無くなっている。
痺れるような痛みが続き、レイレイは思わず海水から手を出し、両の手をギュッと握りこんだ。
一度海水から手を出せば、また次に海に手を入れる時辛い思いをすると分かっているのに、どうしても我慢出来ない。
腰に巻いた袋の中の貝は、まだ今日の目標に届かない。早くしなくては、日が暮れてしまう。日が暮れる分には、レイレイには関係ないが、家に帰らなくてはいけない時刻になる。
レイレイは意を決し、屈んで海水に手をいれる。途端、針で刺されたような痛みが走ったが、レイレイは歯を食いしばって耐えた。
『泣きそうな顔で、どうした幼子よ』
無心で貝を拾っていたレイレイの頭上から、突然声が聞こえてきた。
いや、正確には声ではない。
声のようなものだ。潮風に乗って、レイレイの頭に直接響く声だった。
「……貴方はどなたですか?」
『──幼子は、目が見えんのか』
顔を上げたレイレイに声の主は少し驚いたようだった。海鳴りのように低くて、さざ波のように心地良い声だ。
『さて、名乗るのが礼儀だろうが、名乗ればお前はオレを怖がるだろう。どうしたものかな』
少し驚いただけで、レイレイの目のことをそれ以上言わない声の主にレイレイの方が興味を惹かれた。
髪と同じ赤茶色の瞳は見れば直ぐに盲目とわかるらしい。
村人は皆んな気味悪がるか、同情するか、なんらかの大袈裟な反応をするものだ。
こんなにも何でもないことのように流されたのは初めてだった。
レイレイはあたりに手を伸ばす、すると思っていたより近くにそれはいた。
ポヨンと弾む感触のものを撫でてみる。表面は魚のようにツルツルしていたが、レイレイの知っている魚のどれよりも大きいもののようだった。
「人間ではないのですか?」
『人間ではない』
「大きい生き物ですか?」
『そうだな。オレより大きい生き物は、みた事ないな」
「では、貴方はもしや鯨でしょうか?」
『──何故、そう思う?』
声に少しの警戒が滲んだ。レイレイは素直に理由を口にする。
「隣国帰りの船乗り達が噂しているのを聞いたことがあります。隣国では、浅瀬に顔を出し、子供と遊ぶ変わった鯨がいるのだと」
『なるほど。いかにも、オレは鯨だ。オレが恐ろしくないのか?』
レイレイは首を振る。
「恐ろしいものは、近寄ればすぐ分かります。こんなに近くにいてもボクは貴方に気付きませんでした。貴方が悪いものではない証です」
『目が見えないのに、そんな事が分かるのか』
「目が見えないから、分かるのだと思います」
『ほぅ、オレはまだ人間のことについて、知らない事が沢山あるな』
素直に感心する鯨がなんだか可愛くて、レイレイはクスリと笑って言った。
「あと、ボクは子供じゃないですよ。もう少しで成人です」
『なに? オレの知っている子供と、お前の大きさはそんなに変わらないように見えるが』
「それは……」
レイレイは何と説明していいか分からず、下を向いてギュッと手を握りこんだ。
まさか、ちゃんとご飯を食べさせてもらっていないせいだなんて……会ったばかりの鯨にとてもじゃないが言う気にはなれない。
鯨は、なにも言わないレイレイに対して、気にした風もなく更に疑問を投げかけた。
『その手はどうした?』
レイレイは思わず傷だらけの手を後ろに隠して答える。
「あ、あぁ、これは貝拾いをしていると、寒さで……」
本当はそれだけではないのだが。
またしも、歯切れの悪いレイレイの受け答えに、鯨は、ふぅむ、と気のないような返事をした。
『痛くないのか?』
「それは、やっぱり痛いですよ」
『痛いのに、貝を拾うのか』
「それぐらいしか、ボクには出来ないから」
鯨は唸り声のような声を上げた。
何となく首を傾げているような雰囲気が伝わる。困らせてしまったかもしれないと思い、言葉を紡ごうと思ったその時、足首にほのかに温かい海水が流れたことに気づいた。
『痛いのに、貝を拾うのは苦痛だろう。手をオレの身体にくっつけてみろ』
レイレイは言われるがまま、掌をもう一度鯨の表面にぺたりとつけた。
先ほどは冷たかった皮膚がじんわりと温かい。あまりの心地よさに身体全身でくっつくと、鯨がブルリと身震いした。
「っ! ご、ごめんなさいっ」
『いや、問題ない。それより、手の傷はどうだ?』
「えっ、あ、あれ?」
言われて両手を擦り合わせて確認すれば、伝わってくるのは、つるりとした感触だけだった。触っても全く痛くない。
「な、治ってる……っ! これは、鯨さんのおかげなんですかっ!?」
『あぁ……オレは仲間に役立たずと言われているが、傷を治すのは得意なんだ』
「役立たずなんてっ! とんでもないっ。凄いですっ! ありがとうございます」
思わずもう一度鯨に抱きついた。大きすぎて、抱きつくというより、ペトリと貼りつく感じになってしまったが。
鯨は無言だったが、なんとなく照れている気がする。
レイレイはこの率直で照れ屋な鯨のことを、もっと知りたいと思った。
「鯨さんは、いつからここに?」
『この海岸に来たのはいつか、という意味ならつい先ほどだ。いつもはお前の知っての通り隣国にいた。ところで、海水が上がってきたが大丈夫か? 不安なようならオレの上に乗るといい』
「あっ、いけないっ!」
気づけば、海水が膝ほどに上がっていた。
「 すいません。ボク、もう帰らないと」
鯨の上に乗るなんて、とても魅力的だがレイレイに帰る以外の選択肢はない。
この鯨とまだ別れたくないのに──。
「あ、あの……っ」
レイレイが言い淀むと、鯨から頷いたような気配がする。
「お前がもし明日もここに来るなら、オレもまたここに来よう。その時、よかったらオレの上にも乗るといい」
「……っはい!」
レイレイは満面の笑顔で答え、村への道が続く林に急ぐ。林に入る前、一度だけ振り返ったが、もうそこに鯨はいなくなっていた──。
※
「おかあさん、今帰りました」
「随分遅かったじゃないかっ。全く、アンタは本当にグズだねっ」
藁で出来た粗末な家に入れば開口一番に叱りつけられた。いつもの事なので、もう何とも思わない。
「あらやだっ! しかも、貝をこれっぽっちしか拾ってないなんてっ。お前、さてはサボっていたね。なんて奴だっ!」
母は貝が入っていた袋を奪うように確認すると、憤怒の表情で水草で出来た細い鞭を取り出す。
(あぁ、さっき治してもらったばかりなのに……)
レイレイは黙って、両手を差し出した。逆らえば、もっと酷い折檻が待っている。
「まったくっ! 何の役にも立たないくせにっ! 貝拾いもまともに出来ないなんてっ」
ピシィと、空気を裂く鞭の音がレイレイの手のひらで、繰り返し鳴り響く。
手のひらに打つのは、そこが傷ついてもあまり目立たないからだ。
だが、貝を拾うレイレイにとっては一番嫌な場所。
陰鬱な嫌がらせをする母は、まごう事なき実母だが、レイレイが瞳に光を宿さず生まれついた瞬間から、疎ましい存在に変わってしまったらしい。
レイレイの父は幼い頃に海難事故で亡くなっているが、三つ上の兄がいる。
兄は優しいが、一年のほとんどを海の上で過ごす。
それが、海の民の成人男性の常識だが、目の見えないレイレイは海に出ることが出来ない。
仕方なく貝拾いで家計を助けているが、母はレイレイが家にずっといること事態が、恥ずかしく、疎ましくて仕方ないようだ。
折檻していることを、兄にバレないように、すぐに治る小さな傷を繰り返し繰り返し、レイレイの手のひらにつけるのだ。
(小さな傷でも、治る前につければ、傷口が開いて、どんどん酷くなるのに──)
だから、自分の手のひらに傷がついていない状態なんて、ここ最近ずっとなかった。
それなのに、それさえも母は気づいていない。
(鯨さんが、せっかく治してくれたのに。なんて言おう)
申し訳ないと思いつつも、明日鯨に会いに行かないという選択肢はレイレイにはない。むしろ、明日鯨に会えると思えば、この辛い時間も耐えることが出来た。
「あぁ、あんまり遅くなると領主様にご迷惑がかかるね。ほら、早く行きなっ」
暫く鞭で打って満足したらしい母は鞭を置き、今度は貝が入った袋をぐいぐいとレイレイに押し付けて外に追い出す。
「……」
レイレイにとって、領主のところに行くくらいなら、ずっと鞭打ちされていた方がマシだった。
他の家より小高いところに建てられた領主の館は、同じ村にあるとは思えなほど立派な石造りの家だ。
暗雲とした気持ちで戸口の前に立ち「レイレイです」と名乗れば、すぐに従僕が扉を開けてくれた。
そのまま、真っ直ぐに奥の階段へと案内される。目は見えないが、毎日のように上っているので、従僕に助けられなくても簡単に上ることができた。
階段を上りきり、更に一番奥の部屋に入れば、いつもの気配がすぐそこに近寄ってくる。
──ボクに、害を為す恐ろしい者の気配。
「レイレイ、今日はやけに遅かったではないか。心配したぞ」
ぶにぶにとした手が、レイレイの傷だらけの手を揉みしだく。
顔のすぐ前で吐き出される息は、何故かいつも生臭かった。
「……申し訳ありません。貝が、あまり拾えなくて」
そう言って、さり気なく手を解き、腰につけてあった貝袋を手渡す。
だが、それは領主の手には渡らず、従僕が手に取る気配がした。これも、いつもの事なので気にしない。
領主は貝の袋に触りたくないようだ。帰り側に、従僕からその日の貝の数に応じた小銭を渡される。
貝を買い取るのは領主の筈だが、領主は貝自体には全く興味を示さない。
興味を示すのは──。
「よいよい、そんな事よりレイレイ……」
そう言ってレイレイを寝台に座らせると、分厚くて生温いものが口の中に侵入してきた。すぐ近くで、領主の鼻息が煩いくらいピーピー言っているので、恐らくこれは舌なのだろう。
必ずはじめにされるこれが、領主に求められる行為の中で実は一番苦手だった。単純に生臭さが移りそうで、生理的に気持ち悪い。
「はぁはぁ……お前は、いつまでも子供のようだの。どこもツルツルで、ピンク色で……はぁ、たまらんっ!」
腰紐一枚でとまっている、粗末な服はすぐに剥ぎ取られた。
領主はブツブツ言いながら、レイレイにのし掛かって乳に吸い付く。
これも、いつもの事だ。
子供子供というくせに、自分こそ子供のようだと、レイレイはいつも思う。この行為はたいして辛くないが、ずんぐりした物体が自分にのしかかって来るので、単純に重くて苦しい。
「……んっ、んっ」
「はぁ、レイレイも感じているのかっ。ここか? ここがいいのか? はぁ、可愛いぽっちりだの。そろそろ、ここも……はぁ、まだか。お前は『精通』も遅いのぉ」
領主が何か勘違いしながら、レイレイの下半身を触る。
『セイツウ』が何なのか分からないが、領主がレイレイにそれを求めているのは分かる。この前来たときは、そこをずっと舐められた。ひたすらむず痒く気持ち悪いその行為は、できる事ならもう二度とされたくない。
「ちっちゃくて、ツルツルで、これはこれで可愛いのだがな。どれどれ」
レイレイの陰茎の部分に硬い棒状のモノが押し付けられた。一緒に握りこまれ、擦り付けられ、たまに領主の「うっ!」という声が聞こえてくる。
これも、頻繁にやる行為だ。
硬い棒状のモノはレイレイの尻の間に擦り付けられる事もあった。
「はぁっ、イクぞぅっ」
ビシャッと、レイレイの太腿に熱いものがかけられる。領主は、それをぶにぶにしたもので広げたり、レイレイの陰茎に擦りつけたりする。よく分からないが?、気持ち悪いな、と思う。
何はともあれ、これで終わりだ。ホッと密かに息を吐くと、領主はううむ、と不満そうな声をあげた。
「そろそろ兆すくらいしても良さそうなのだが。……少し試してみるか」
そう言うと、領主がどこかに行った。ガサガサと音がするので、棚から何か取り出しているらしい。
「尻をこちらに突き出しなさい」
嫌な予感はするが、こういった格好を強いられてのは初めてではない。まだ終わらないのか、と憂鬱に思いながらも言われた格好をとる。
「何度見ても、小振りで可愛い尻じゃのぅ」
そう言って撫でつけられた後、予想外の事が起こった。
「……っ! 何をっ」
「大人しくしておれ。間違えて中を傷つけてしまうかもしれんぞ」
イヒヒッといやらしい笑いながら、領主がレイレイの尻穴に何かを入れてきた。言われなくても、恐ろしくてレイレイは微動だに出来ない。
尻穴に入ってきた何かはぶにぶにしていて、恐らく領主の指だと思うのだが、ヌルヌルと液状のものも一緒に塗り込まれている。それが何なのかさっぱり分からなくて恐ろしい。
「前回の隣国との取引で手に入れたのだ。王族も使う媚薬だそうだ。これを使ってやれば、流石のお前も勃起して、精通するのではないか? そうすれば……」
(ビヤク……?)
ビヤクとは何だろう。分からないが、領主はどうしてもレイレイに『セイツウ』を起こして欲しいらしい。
「ほら、ここを、擦りながら、舐めてやろう」
ぬるりとした感触が、レイレイの陰茎を包みこむ。言った通り、尻穴の中はそのまま指で掻き回されて、ぞわぞわと寒気にも似たおぞましさが背中を走った。
(どうしよう。これ、今まで一番嫌だ……気持ち悪い……怖い……)
パニックを起こして、悲鳴を上げそうになるのを必死に堪える。領主に逆らえば、この村で生きていく術はない。母はともかく、兄に迷惑がかかるの嫌だった。
(鯨様に会えることを考えよう。どんな地獄でも、いつか終わって、明日には鯨様に会えるんだ)
そう思えば、急に気持ちが軽くなっていく。レイレイの傷を癒してくれた、あの温かい皮膚の感触。
(こうやって肌を擦り合うのが、鯨様ならどんなにか──)
そう思った瞬間、尻穴の擦られた場所から、火花が出るような熱さを感じた。
「──っあァッ!?」
「お、ここか?」
しつこく同じ場所を擦られると、何故か陰茎が苦しいほど熱くなっていく。
「っあぁんッ! あんッ! やぁッ……」
「おほほッ、感じとるんかっ、レイレイ。愛愛しいのぉ。どおれ、お前の初めてのミルクを儂に飲ませておくれ」
領主はそう言い、中を擦りながらレイレイの陰茎ジュージューと吸い始めた。熱い。恐い。苦しい。何かがレイレイの中から溢れて、漏れてしまいそうになる。限界まで我慢していたが、尿道を先端で突かれて弾けてしまう。
「──ッ!」
我慢出来ず、粗相してしまった。レイレイは蒼白になったが、領主は嬉しそうにゴクリとそれを飲み干してしまう。
「うほほッ、お前のミルクは美味しいのぉ。赤子のような味じゃ。どうしたそんな顔をして」
「あ、あの……すいません。ボク、粗相を……」
「あぁ、そう言うことか。ホホッ、初々しいのう。これは、小水ではない。お前にも『精通』が来たということだ」
「『セイツウ』? 今のが……」
呆然と呟いたレイレイの身体を、領主がギュウッと覆う。これはもしや、抱きしめられているのだろうか。
「やっとだ。この日をどんなに待っていた事か」
「……ボクが『セイツウ』すると、いいのですか?」
嬉しそうに呟く領主に、レイレイは恐る恐る聞いた。
そう、レイレイは恐ろしかった。
目の前の人間が恐ろしい。ここに来た時よりも、もっと、ずっと、恐ろしい存在になっているのを感じた。
頭の中で警報が鳴り響く。
『セイツウ』する前はこれほどではなかった。レイレイが『セイツウ』したことに、何か関係があるのだろうか。
領主は、弾むような声で答えた。
「そう。約束したのだ。お前の兄と。お前が『セイツウ』したら、この館に妾として迎えるとな」
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