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アクシデント 1

 今日はE組の授業がない日だ。  嬉しい……。  小さな幸せを噛みしめながら、僕はベッドから這い出した。  冗談抜きで、E組がある日とない日では、朝の目覚め方まで違う気がする。    昨日、イヤホンを引っこ抜いた後、立ち上がった五藤は僕を無言で見下ろした。自分より二十センチ以上上背のある人間から、威圧的に睨まれるのは恐怖だ。  怖くてなにも言えないでいると、彼は(おもむろ)に立ち上がり、教室を出て行ってしまった。まさか、出て行くなんて予想外だった。  今までは注意しても無視するか睨むだけだったのに。  五藤のあの目が、脳裏に焼きついていた。彼はどうして、あそこまで反抗的なんだろう。とことん僕みたいな教師が嫌いだとしても、恐くてしかたがない。  五藤の、前期期末試験の国語の成績は最悪だったし、他の教科はそこそこ成績が安定してるのに、僕を毛嫌いするあまり、教科まで嫌いになってしまったのだろうか。    でも、怖くて本人に直接訊けない。てゆーか、話しかけるの無理……。  「もおー……どうしたらいいんだよ」  また、ため息が出た。    職員室脇のテラスで昼食を摂ったあと、僕は資料室へむかった。二時間後の授業で使う教材をうっかり自宅に忘れてきたのだ。  昨日の恐怖体験を頭の中でリフレインしてたら遅刻しそうになってしまい、慌てて自宅を飛び出したから。  ああ、ホントに僕ってしょーもないな……。  落ち込んで背中を丸めてトボトボ歩き、廊下の向かいに生徒の姿を見つけてシャキッと背を伸ばした。(なんか自分で笑えるな、この行動)      資料室はたびたび利用しているけど、場所が地下にあるために本当は行くのが怖い。  晴れの日は気にならないのに、曇りの日は暗くてジメジメしててどよーんとしている。滅多に人が寄りつかないから、毎回びくびくしているのだ。  できれば誰かに着いてきてほしいけど、他の先生方は忙しいだろうし、佐尾先生は女性だから頼みにくい。    階段を降りていくと、まっすぐな廊下に出た。陽の光が入らない上に、裸電球が一つぶら下がっているだけだから、目が慣れるまですごく暗い。  僕は一番手前のドアを開け、電気をつけた。埃っぽくてカビくさい臭いが鼻につき、青白い蛍光灯がチッカチカと点灯する。一箇所黒くなっているのがあり、ずっとチカチカして、それもまた怖いのだ。  うう……。もうホントにやだよ……。  急いで目的の資料を抱えると、暗い廊下に出た。早く明るい場所へ避難したくて小走りになったそのとき、ふっとタバコの臭いが鼻をかすめた。 「え、タバコ……? 誰かが吸ってるのかな」  廊下の奥は倉庫になっているらしいけど、そっちはまだ足を踏み入れていない未知の領域だった。  誰かいる。  僕は怖いのも忘れて廊下を進んだ。冷たいドアノブを回すと、鍵はかかっていなかった。倉庫内の冷たくてこもった空気と一緒に、タバコ臭も流れてくる。  この中で誰かがタバコを吸っているのは間違いなかった  怖い……変質者だったらどうしよう。  暗闇に目が慣れてきたら、真っ暗じゃないことに気づく。一カ所に外光が差し込んでいるようだった。かすかに、白い煙がゆらゆらとゆれているのが確認できる。

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