6 / 76

アクシデント 2

 ゆっくり足を進めると、コンクリートの上の小さな砂利を踏むような感覚が、革靴越しに感じた。     おそらく細かいゴミが散らばっているのだろう。広さは、およそ小学校の体育館くらいはありそうだった。     隅にダンボール箱が無造作に積み上げられ、体育の授業や体育祭で使用した物があふれていた。壊れた跳び箱や破れたマット、高く積み上げられた折り畳み椅子などだ。   不意に、ガタッと物音が倉庫内に反響して、僕の身体はビクッと硬直した。    途端に、進みたくても足がすくんで動けなくなった。心臓が耳の中でどきどき脈打って、周囲の音を遮断していく。  僕、資料取りに来ただけなのに、なんでこんなとこに来ちゃったんだろう……。後悔しても遅いけど、タバコ臭はどんどん強くなっている。  でも、やっぱりやめればよかった。僕は教師だけど重度の怖がりで弱虫だし、ついでに握力も超弱いのに。  緊張はピークに達していた。今度は入り口付近で音がして、僕は再びビクッと全身をそちらにむけた。  チューチューと小動物の鳴き声が耳に飛び込んでくる。 「ひゃっ!」  ネズミだ! こんな暗くてジメジメした場所にいるネズミなんて、でかくて狂暴かもしれない。ハムスターみたいに可愛くないやつだ! きっとそうだ!  と、そこで激しく動揺した僕は足元に転がっていた物につまづいた。  僕の身体はあっけなくゆらりと傾いた。  両手が空をつかみ、背中から倒れていく。 「わあっ!」 「うわっ」  そこからはスローモーションだった。  ゆっくり、薄暗い壁が足元に下がって、高くまっ黒な天井が正面に移動した。  腰でも打ったら、動けなくなったら、誰が助けてくれるんだよ! 頭の中でぐるぐる考えながらぎゅっと目を瞑る。  ドタッと鈍い音のあと、冷たい床とは別の感触が僕の背中に当たった。  ヤバい、背中打った! 起きられなかったらどうしよう、スマホ置いてきちゃったのに……。ああ……誰か助けて……。  あれ??  …………痛くない。……なんで?   視界の端に、床に落ちたタバコの火が赤く光った。  一回転してひっくり返ったのに、痛くないのはおかしい。僕は鈍いから、遅れて痛みがくるんだろうか。それも怖いけど。  でも待てよ……。僕が叫んだとき、聞こえたような。  僕以外の声が……すぐ、――。  僕は瞬時に、今の状況を理解した。 「おい……いつまで乗ってる」  身体のすぐ下から、地の底を這うような男の声がした。    ひっと声を飲み込み、でも、動きたくても、腕や脚に力が入らなかった。 「早く、どいてくれ」 「あっ、ご、ごめんなさいっ」    僕はなんとか身体を横に倒し、もそもそと芋虫のように這って、クッションになってくれた男から離れた。 「あのっ、ありがとうございました! 僕があなたの上に倒れたから……ほんとにごめんなさい! 怪我とかしてないですか?」 「いや、平気だ」  薄い闇の中で男は身体を起こし、乱れた髪をかき上げるとタバコを手に取った。顔は見えないけど生徒っぽい。  こんなとき、私服だと生徒なのかどうか把握できないから困る。 「あなたのおかげでケガせずに済みました。あの、この学園の生徒さんですよね。……僕は国語の松澤だけど」 「松澤……」

ともだちにシェアしよう!