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アクシデント 3
よかった、僕を知っている生徒みたいだ。変質者じゃなかった。安心したら、身体の緊張が解けた。
「一応注意させてもらうけど、こんな場所でタバコを吸ったら危ないよ。燃えやすいもの沢山落ちてるし」
僕の言葉に、目の前の人物の息を吐く気配がした。
「――また説教かよ」
声が一段と低くなった気がした。暗さに慣れてきて、徐々に男の顔が見えてくる。男の表情が険しくなったのもわかった。
「ご、とうくん……」
うそ、まさか、そんな、お願い誰か、嘘だと言って!
よりによって一番苦手な生徒と、こんなところで会ってしまうなんて。僕の全身は再びカチン! と緊張した。
「なぜおまえがこの場所に来る?」
あんた、本当に高校生ですか? と突っ込みたくなる。 なんなの、その迫力は。
僕は嘘だと叫びたかったが、口はぱくぱくと酸素を吸う魚みたいに動くだけだった。
「今まで誰にも見つかったことはないぞ。おまえはいつも何かにつけ、俺の顔を見るたびうるさい事を言いやがる。独りの時間まで奪いに来たのか?」
そんな、大げさな……。あんたの態度が明らかに悪いからでしょうが!
低く抑えているが、五藤の声は鋭い棘となって僕に突き刺さり、刺さった部分から見えない血がどくどく流れ出した。
「おい、なんとか言えよ」
ただでさえ暗くて怖くてしかたがないのに、この状況で五藤に追いつめられているなんて。
この状況が現実だなんて信じたくなかった。出来れば気を失いたい。足腰立たない状態だけど、隙をみて逃げ出したい。
これが、普段生徒の前では、強気で厳しい国語教師を演じている僕、松澤綴 の、本来のひ弱な姿なのだ。
じりじりと後方へ追い詰められ、背中に冷たい壁が張りついた。もう、逃げ場はない。
「おまえ、まじでムカつくんだよ。いつもえらそうに、俺を見下した目で見やがるし。なに様なんだ、ああ?」
僕のまぶたは既にリタイヤしていた。もう開けていられない。いっそのこと正気を失って奇声を発しながら走り回りたい。
「そっ、そんなつもり、ないっ……」
グイと胸倉を乱暴につかまれ、首が圧迫される。
「くっ、苦し……」
更に強い力で引っ張られ、目前の男の口元がわずかに歪むのが見えた。
「痛い目見ないと、わかんねえなら、そうしてやってもいいんだぞ」
ぞぞっと全身の毛が逆立った。本能で身の危険を感じた。
――彼は本気だ。本当に僕が嫌いで、懲らしめたいのだ。そう理解した刹那、僕の全身を恐怖が襲った。
「……やめ、なさい」
僕はミジンコのような最後の勇気を振り絞った。ほとんどおしっこちびりそうだ。ふっと頬に息がかかり、彼が笑ったのがわかった。
「嫌だね。この状況でもまだ説教とは、恐れ入ったな」
彼は、襟首から手を離すと、僕のワイシャツの胸の前でぐっと強く掴んだ。そして、強引に引き裂いた。
「ちょっ……」
ビビビーッと耳障りな音と共に、白いボタンが二~三個視界の前を飛ぶ。僕の身体は、はずみで壁に打ち付けられ、横倒しになった。
「いてっ!」
同時に伊達眼鏡がすっ飛び、カシャンと弾ける音がした。
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