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アクシデント 6

「歩けそうか?」 「うん、大丈夫みたい。……でも、階段が」 「俺が支えるから、ゆっくり上がろう」  五藤くんは僕の身体を支えながら、慎重に階段を上がってくれた。酷いことをされた後で、しかも苦手だった生徒に、こんなに優しくしてもらえるなんて。  別の理由で、僕はまた泣きそうになってしまい、まぶたがひりひりした。  左肩と腕は痛くて痺れてるし腰も痛いけれど、僕はもう五藤くんが怖くなかった。 「養護の先生は不在のようだな」  先に保健室に入った五藤くんが、入り口脇にかけられたカレンダーを見ている。 「えっそうなの?」  養護教諭は、週に三日勤務らしい。知らなかったなあと、ぼんやりカレンダーを見てから、中へ入った。  明るい場所で改めて見る五藤くんは、今までとは別人に見える。僕が一方的に、そう見ているせいかもしれないけど。 「しかたねえな、俺がやるからそこに座れよ」 「え、五藤くんが?」  つい、本音が出てしまい、彼の表情をちらりとうかがった。五藤くんは面白くなさそうな顔で、僕を洗面台の前に誘導した。 「傷口は、まず水道水で流したほうがいい。倉庫の床は不衛生だったし、いきなり消毒するより回復が早いんだ。すり傷だから染みるぞ」  水が勢いよく傷口に当たり、刺すように痛む。 「いてっ! ……詳しいね」  鏡の前に二人で並んで立つと、頭ひとつ分身長差があった。   現実味がなくて、横顔をじっと見てしまい、鏡越しに五藤くんが僕を見ていた。  一見冷たく見える端整なこの顔で睨まれたら、やっぱ怖いよなとぼんやり思う。ぽんっと頭を軽く叩かれ、我に帰った。 「ほら、消毒するぞ」 「あ、うん」  五藤くんは僕を回転椅子に座らせると、正面に座った。勝手知ったるという感じで慣れているのか、戸棚から包帯や湿布を取り出してきぱき用意している。    ピンセットでつまんだ消毒綿を、的確に僕の傷口に当てていく。「うっ!」っと僕は歯を食いしばり、痛いのを堪えて足をバタつかせた。 「すごい、手際いいね、なんか慣れてるみたい」  彼の口元がふっとゆるんだ。 「五歳の弟が落ち着きのない悪ガキで、毎日のように傷作って帰ってくるから、いつのまにか上手くなったのかもな」 「へえ、弟がいるんだ、うらやましいなあ。僕なんか上に姉貴が二人いるけど、実家にいるときはずっとパシリだったもん。弟がいたらどんなにいいかって思ってたよ」  ついさっきまでの緊張が解かれたせいなのか、僕は彼の手の動きをじっと見ながら、ひとりでぺらぺら喋っていた。 「だから大人っぽいんだね、五藤くんて」 「そう言うおまえは、なんで……」  五藤くんは手を動かしながら、何か言いたげな顔をした。じっとまっすぐ僕と視線を合わせる。 「僕が、なに?」 「いや、いい」  そう答えると、五藤くんは黙々と手当てを進めた。  こんな至近距離で、しかも睨まれずに、五藤くんの顔を見る日が来るなんて。

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