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彼の優しさ 1

「身体の具合はどうだ」  振りむくと、真後ろに五藤くんが立っていた。  朝いつものように、廊下掃除をしているときだったから、せっかく集めたゴミを落としそうになってしまった。 「びび、びっくりした……五藤くん」 「きのうの眼鏡、やっぱり壊れたんだな」  僕は、久しぶりにかけたノンフレームの眼鏡を指で押し上げた。昨日まで僕の表情を隠してくれていた黒縁の友は、倉庫で倒れたときにひしゃげてしまったのだ。 「あのね、実は僕、視力は1・5なんだ。眼鏡は、少しでも威厳ある教師に見せるためのアイテムで……」  こっちの眼鏡だと、ほとんど素顔と変わらないかもしれないけど、ないよりはましだった。じっと見つめてくる彼に、僕はできるだけ明るい調子で言った。 「だから、裸眼でも全然平気なんだよ」  でも、眼鏡はお守りなんだけどね……。  最後の呟きは彼の耳には届かなかったかもしれない。    五藤くんは特に驚いていなかった。視線を足もとに落とし、ジーンズに両手を突っ込んで佇む五藤くんは、初めて十七歳の少年らしく見えた。 「足は? 青あざできてなかったか?」 「あ、それは、あちこち……かな」  僕がえへへ、と頭を掻くと、五藤くんのキリッとした眉が八の字になった。 「……ほんとうに、悪かったな」 「ああ、だ、大丈夫! 五藤くんがすごく反省してくれたのがよくわかったし。だってきのう、丁寧に治療してくれたじゃない? おかげで今日は思ったより動けるんだよ」 「そうなのか?」 「うん!」  緊張感のあった表情が、少しだけやわらかくなった気がする。それにしても、こんなに早い時間帯に彼を見かけるのは初めてだ。 「ねえ、もしかして……そのこと気にして、早く来てくれたの?」 「いや……」  顔がそうだと言っていた。そうだったのか……。僕はまた感激してしまった。本当にいい子なんだなあ。  彼は思いついたように、顔を上げた。 「授業は普通に出られそうか」 「うん、右手は使えるからね。大丈夫だよ」  五籐くんはポケットから、スマホをとり出す。 「そうか。――なにか重いものを運ぶときは、俺を使ってくれ。ラインのIDかメールアドレス交換してもいいか」 「えっいいの? じゃ、ラインで」  僕はポケットからスマホを取り出し、ラインを開く。互いのスマホを近づけて揺らした。 「俺とおまえが急に接近したら、周りに変に思われるだろ。その点これなら安全だし」 「そうだね。あ、五藤くんのがきた」  五藤くんの名前は『Takaya.G』だった。なんかかっこいい。ちなみに僕のは『つづる』だ。  校門をくぐる生徒たちの姿が視界に入る。それに気付くと、五藤くんは豹のようにしなやかな動きで、教室のある校舎側へ行ってしまった。  僕は急いで、彼にメッセージを送った。 <松澤です。気遣いありがとう、すごく助かります>  間をあけず、すぐに返信があった。 <どういたしまして>  彼に似合わないような丁寧な文章に、ぼくの口もとは自然に緩んだ。ぽかぽかと胸の中が温かくなっていく。スマホを宝物のように胸に抱いた。

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