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彼の優しさ 3

 実際、資料室を利用する頻度が増えていたというのもあるけれど、彼は僕のメッセージに素早く反応してくれたし、(授業中も返信くれるから、こっちから送るのは休み時間限定にした)嫌な顔ひとつせずに資料を運んでくれた。  地下の資料室から、階段を上がってすぐが職員室だから、他の生徒に姿を見られることなく、手伝ってもらっている。  あの日から僕らは急接近し、相手に抱いていたイメージがひっくり返ったまま、今日に至っている。    この奇妙な関係に、彼がどう思っているのかわからない。でも少なくとも僕は、一番苦手だった彼に好意を持っていたし、いろいろな面をもっと知りたいと思っていた。   ♢  国語の授業中、五藤くんの態度に大きな変化はなかった。    居眠りを三回に一回はするし、ときどきイヤホンをつけて音楽も聴く。ただし左だけ。一応右耳では授業を聞いているらしい。  そしてときどき熱心に、僕の話を聞くようになった。僕は、居眠りのときにたまに肩を叩くだけにした。それで起きないときは、放っておく。  まわりの生徒達は、僕の変化に驚いたようだった。無言で、周囲の友達とアイコンタクトし合っていた。それも最初だけで、すぐにみんな気にしなくなったけど。 「悪い、つい居眠りしちまうんだよな、おまえの授業だと」 「別にいいけどさ、それって、俺の授業が退屈ってこと?」  この日もいつものように、屋上の給水塔の上に二人並んで、僕の手作り弁当を食べていた。 「いや違うって、あ……違わないな」  五藤くんは、二個目の卵焼きに箸をつけた。  男子高校生らしく肉系が好みのようだが、自信作の卵焼きは二個のうち必ず両方食べてしまう。  彼の食べっぷりは見ていて気持ちがいいし、作り甲斐があるというものだ。 「えー、そっかあ、やっぱそうなんだ……」  少しいじけた気持ちが顔を出して、僕はむっと唇をとがらせた。 「いや、おまえさ、生徒と個人的に話すときはキツイ言い方するくせに、教科書読んだり、説明するときは、なんつーか」 「なあに?」  僕は鮭入りおにぎりを頬張った。彼の視線は、僕の口もとに注がれている。 「眠り誘うんだよな。いわゆる、癒し系……? ってやつなのかもな」 「癒し系って、僕の声が? まじで!」 「こら」  五藤くんの手が、僕の唇に触れた。  何か小さい物をつまむ手付きで取り、それを迷わず自分の口の中へ入れた。自然な動きだった。  僕は、一瞬何が起きたのか理解できなかった。 「一応国語の教師なんだから、『まじで』とか言うなよ。……どうした?」 「いい今っ、なにしたの」 「なにって」 「僕の、口の……」  五藤くんは不思議そうな顔で、最後のから揚げを箸でとらえた。 「飯粒、ついてたから。――あ、つい弟にやるように、食っちまった。まずかったか?」  弟にやるようにって……。きみの弟の三樹くんは五歳でしょ。僕は二十四歳なんだけど!  五藤くんはまったく気にもとめていない様子でおにぎりをもりもり頬張っている。  校庭から、生徒達の声が聞こえてきた。  はしゃぐ声や、誰かを応援するような声。昼食後にみんなで追いかけっこでもしてるのかな。いいなあ、若いな、まさに青春だなあ……。  ――って、無理やり別の場所に意識を持っていってみたものの……。  こんなに照れくさい僕が変なの? いや、そんなことないよね?!  

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