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彼の優しさ 4
僕が教師ってこと忘れてるみたいだなってうすうす感じてはいたけど、まさか、僕の年齢まで忘れてない?!
「はああ……」
僕はおにぎりを右手にガクッと項垂れた。いくら自由な学園でも、これってどうなんだ。
「この米の炊き具合最高だな……うめえ。おい、――なにブツブツ言ってんだよ」
僕はぱっと顔を上げた。
「あ、わかるー? お米は安いやつなんだけど、土鍋で炊いてるんだよ。おにぎりが断然美味いんだよね」
「そうなのか? 高価な炊飯器で炊いてるのかと思った。すげえ、手が込んでるな」
五藤くんは心底感心してるっぽい。僕は嬉しくなって説明した。
「一人暮らしだからキッチン狭くてさ、炊飯器置く場所なかったから。で、試しに鍋用の土鍋で炊いてみたら、意外に簡単だし美味くって」
「三樹にも食わせてやりてえな、こんな飯。後で、炊き方をラインで送ってくれるか」
「オッケー、三樹くん、ご飯好きなの?」
「おかずより米ばっか食ってる。保育園から帰ったら、握り飯がおやつだから。あいつの身体のほとんどは米でできてるといっても過言じゃない」
もしかして、五藤くんが作ってたりして。
「可愛いなあ、そんなにご飯が好きなのかー。じゃあ、きっと喜ぶよ。あ、ちょっと手間だけど、お米とぐとき、一番最初は浄水器の水かミネラルウォーターがいいよ」
「そうなのか」
米は乾いている。だから、最初にいい水をしみ込ませると、断然美味しく炊き上がるのだ。その後のすすぎは水道水でも大丈夫だが、できればいい水が望ましい。もちろん、炊くときも。
個人的には、すすいだ後にザルに上げて、一時間ほど放置すると、更にふっくら炊き上がる気がするから、オススメだ。
手当てしてもらったあの日から、僕と彼の関係は、ずっとこんな調子だ。僕が頼って、彼が僕の面倒をみるという図式が出来上がっている。僕と五藤くんの組み合わせだと、なぜか自然にそうなってしまう。
ここが学校じゃなくて、教師と生徒じゃなかったら、ぼんやりした手のかかる兄と、しっかりものの弟って感じだろうか。いや、このさい年齢を省いて、まんま頼れる兄と甘えんぼうの弟……かもしれない。
「僕も兄ちゃんが欲しかったなあ~、三樹くんがうらやましいよ、五藤くんみたいな兄ちゃんがいてさ」
「俺はおまえがうらやましけどな。姉貴が二人もいるなんて、一人でいいからこっちへ回して欲しい」
両手を合わせ、「ごちそう様でした」と言うと、五藤くんは慣れた手つきで弁当箱を片づけ始めた。
その無駄のない動きが、日頃弟のために家事もこなしていること連想させた。
残りの休み時間、食後のお茶(僕の持参したほうじ茶)を飲みながら、二人でまったりする。なんか、昼休みの過ごし方の定番になってきたなあと、僕はしみじみお茶をすすった。
ちらっと隣の五藤くんを見ると、彼もずいぶんリラックスしているように見える。五藤くんは、この年代の若者にしては珍しく、あまりスマホを見ないようだ。
ラインや電話の着信を確認するくらいで、ゲームに熱中したり延々とネット検索なんかもしない。
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