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彼の優しさ 6

「どうした?」  黙り込んだ僕が気になったのか、五藤くんは遠慮がちに聞いてきた。……ほんと、こんなところも彼のいいところだとつくづく思う。     優しくて、人の気持ちがわかる人なのだ。僕は上目づかいで、彼を見た。 「五藤くん、聞かないよね」 「なにが」 「――僕が、どうして厳しい教師のふりしてるかって、こと……」  彼の目が、驚いた様子で見開かれた。 「ああ……」  五藤くんは頭のうしろで両手を組み、空をあおいだ。  北風がコンクリートの上で小さな竜巻を作り、二人の間を通り過ぎていった。  視線の先はついさっきまで青空が広がっていたのに、いつのまにか、薄い雲が空一面を覆いつくしている。 「おまえだって、聞かなかっただろ。なんで俺が、あんなに反抗しまくっていたのか」 「あ……」  そりゃ聞かなかったけど、でも本当は知りたいんだ。本当は優しい彼が、僕をいつも睨んでいた理由。  僕は胸の内をどう説明しようか考えつつ、視線をあちこちに飛ばした。こんなとき、国語教師の実力が発揮できないのがもどかしくてしかたがない。  思っていることだって、つい顔に出てしまう。  僕は五藤くんよりも大人で教師のくせに、彼と一緒にいると、要領とか、うわべで取りつくろうだとか、すべてどうでも良くなってしまうのだ。  あの薄暗い倉庫で、叫んで大泣きして、かっこ悪い姿を全部見せてしまった。よく言えばリラックス自然体。悪く言えばゆるゆるだるだる状態だけど。 「なんだよ。ほんとうは聞きたいのか」  僕は正直にこっくり頷いた。 「別に、面白い話でもなんでもないぜ」 「だって……五藤くんのこと、もっと知りたいんだもん。無理に聞くつもりはないけど」  なんだか、かしこまった気分になってしまい、僕は足元のコンクリートに指先でのの字を書いた。ののじ、ののじ……。段々ただのマルになってきた。 「話してもかまわねーけど」 「まじで?」  あからさまに嬉しそうな声が出てしまい、とんっ、と額を指でつつかれた。あ、「まじで」って言ったからだ。  僕はぺち、とつつかれた額を自分の手のひらで押さえた。  本当に、これじゃどっちが先生だかわからないな……。なのに、なんでこんなに楽しいんだろう。  僕の横顔を見ていた五藤くんは、視線を空へもどし深呼吸した。 「弟の三樹は、腹違いの弟なんだ」  彼の口から出たのは、意外な内容だった。 「腹違い?」 「ああ。俺んちは三人暮らしで、三樹と、その母親と、俺。俺と母親に血の繋がりはないけど、これからもきっと俺が将来家を出るまで、この三人で暮らしていくと思う。」  困惑が正直に顔に出てしまった僕の顔をちらりと見て、彼は淡々と話を続けた。  五藤くんが多感な中学生のとき、両親が離婚したこと。  当時高校教師だった父親の強い希望で、彼は生活力のある父親に引き取られたこと。翌年父親は子連れの女性と再婚し、彼に兄弟ができた。それが、三樹くんだ。    当時二歳の三樹くんは彼にとてもなつき、すっかり“お兄ちゃん子”になったらしい。彼が弟を可愛がっているのは、この短期間で僕にもよく伝わってきていたから納得できた。    

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