18 / 76
彼の優しさ 7
でもそれなら、今は四人暮らしってことになるのでは……。それに。
「腹違いって……」
「おまえ……大人のくせに鈍いな。先回りして考えればわかるだろ。ようするに、三樹の母親は愛人だったんだ」
「えっ! わ、わかんないよそんなこと! ――お父さん、浮気してたの」
「そういうこと」
「えっと、じゃあ今一緒に暮らしてるお母さんがその……相手」
「ピンポン」
空を見上げるシャープなラインの横顔が、やけに大人びて見えた。
なんか色々ハードだなあ……。
高校教師のお父さんが愛人を作って、しかも子供まで産ませてたってことが衝撃的だけど、(今時の高校教師は忙しくて土日休みなんてないようなもんだし)(部活の顧問をやってなかったのかもしれない)恐ろしくタフな人なんだろうなあと、それだけ思った。
「今、三人暮らしって」
「父親は……そんなこんなで学校クビになって、今は地方で教員やってる」
「そうなんだ」
単身赴任みたいなものだろうか。
これまでの話の流れ上、様々な疑問が浮かぶ中、彼が実の親である父親を、よく思っていないのは感じていた。けれど、三樹くんの母親とはいえ、元愛人の女性と暮らすことを、どう感じているんだろうか。
「俺の実の母親は」
五藤くんは続けた。
「元々、身体も精神面も弱い人で、父親のこともあって、身も心も疲れきってた。だから、母親には実家に帰ってもらって、俺は親父についていくのを決めたんだ。それに……俺は、前から知ってたんだ。三樹のこと」
こっちを向いてふっと笑った顔がすごく優しい目で、どきっとした。
「親父の浮気に気づいた俺の母親が、興信所に依頼してわかった。愛人に子供を産ませていたこと」
遠い昔話のように、五藤くんは語った。
「教職についてるくせに、親父のしたことは許せなかった。俺が小さい頃から生活態度や勉強にやたらに厳しくて威圧的で、曲がったことは許せないとか言ってたくせに、自分は外に女作って。それで母親は軽度のうつ病にかかったし、俺だって、さんざん悩んだ。でも、三樹の写真を見て心が揺れたんだ」
ふっと、表情がやわらかくなる。僕の胸もじんわり温かくなった。
「可愛いと思った。……俺に、血の繋がった弟がいたんだって、なにより喜びのほうが大きかったな。自分でも驚いたけど」
「そう……」
「変な感じだ」
同じ表情のまま、五藤くんは僕に視線を合わせた。
「……おまえの威圧的な態度は、嫌でも親父を連想させて、息苦しかった。まさか、そのおまえに話すことになるなんて、想像もしていなかったな」
真面目な顔でじっと見つめられ、僕はなぜかどぎどきしてしまった。もう、怖かったころの彼を思い出すことはないけれど、息苦しいのはどうしてなんだろう。
五藤くんは、のびをするように両腕を高く掲げた。
「なんかすっきりした。誰にも話したことなかったから、吐き出した気分だ。おまえ聞き上手だよな、さすが国語教師」
最後のセリフに、かるく頭を殴られた気がした。そうだ、僕は教師だ。五藤くんと同じ生徒じゃない。
ともだちにシェアしよう!