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彼の優しさ 8

 そう思ったら妙に、彼との間に見えない壁を意識してしまった。そばにいるのに、これ以上近づけないような感じ。    僕は背筋をのばし、わざと明るい声を出した。 「こんな風に、一緒にランチするようになって仲良くなれたけど、ホントは五藤くん、俺のこと嫌ってるんじゃないかなって不安だったよ」  五藤くんの表情は、一瞬でふてくされたようになった。 「……嫌いなやつと、こんなにつるまねえよ。おまえは今までの教師の中じゃ一番……気にいってる方だし」 「ほんと? よかったあー。俺も後藤くん好きだから……」  あははは、と僕は笑った。五藤くんも、まんざらでもない顔をする。 「そりゃ、まあ、よかったな」 「うん……」  顔を見あわせ、ふと、互いに真顔になる。僕は目がそらせなかった。彼も、逸らさない。  ――べつに変な意味ないよな、この会話  それならなぜ、こんなに緊張するんだろう。  先に目を逸らしたのは、五藤くんだった。首の後ろに手をあてて、考えるような顔をしている。  僕の中で、さっきの見えない壁が邪魔をしていた。いったいなんなんだろう。    突然、バンッ! と乱暴に屋上のドアが開いた。 「おーい! 貴也いる?」  取り巻きの一人、スキンヘッドだった。僕は反射的に身を低くした。五藤くんに迷惑をかけるのは、とにかく避けたい。 「おれが出て行くまで、ここに隠れてろよ」  五藤くんは、声を抑えて合図してきた。僕は頭をぶんぶん縦に振った。 彼はゆっくり立ち上がり、鉄製の階段へ近づいた。 「なんだよマモル、ここには来るなって言ってあるだろ」  そう言いながら、五藤くんはすぐに給水塔の階段を降りていく。 「ごめん! エリナが来てんだけど、貴也呼べってうるさくって」  金髪のマモルくんの凄く申し訳なさそうな言い方が、意外に感じる。 「またかよ……しょうがねえな、一服してから行くから待たせとけ」  そう言う五藤くんも、優しい言い方だからちっとも「しょうがなくない」感じだ。 「わかった。悪いな! じゃ、そう伝えとく」 「ああ、よろしく」  バタバタバタン! と重い扉の閉まる音。  ――なんか、今の会話だけで、二人がいい友達関係なんだってわかってしまった。親しい仲でも互いを気遣っている。五藤くんがいい人なのは知ってるけど、その友達のマモルくんもいい人みたいだ。  一見、チャラそうで遊んでいそうなのに、人ってほんと見かけによらないんだなあと、僕は不自然な低姿勢のまま感心していた。 「ほひゃっ」  突然頭をワシャワシャされて我に返った。 「なに変なカッコで固まってんだよ。もう平気だぞ」 「五藤くん! もう行っちゃったかと思った」 「一服してから行くって適当に言っといたし」  そうだった、ばっちり聞こえてた。 「あ、タバコじゃねえからな」 「わ、わかってるよ」  五藤くんは僕の髪が気に入ったのか(?)もしゃもしゃかき混ぜながら、すす、と僕の頬まで手を降ろした。 「ひゃっ……」  左手で、僕の右頬をさわさわもみもみし始めた。 「なんだこれ、なんでこんなに柔らけえんだよおまえのほっぺた。三樹といい勝負だな」 「ええー……」  五歳児といい勝負って言われても。――喜んでいいの? 「でも、おまえの方がもちっとしてるかも」  五藤くんは、今度は両手で僕の顔をすっぽり包み、感触を確かめるように目を閉じて触り始めた。  

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