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彼の優しさ 9
さわさわもみもみ。
さわさわさわさわ。
「姉ちゃんの使い古しのスキンケアセットが定期的に送られてくるから夜使ってるけど」
もみもみもみもみ。
「そうか、そのせいか、このもっちり感は……」
もみもみもみもみ。
「たまんねーな、この触り心地。――癖になりそう」
「三樹くんのほっぺにもほなじほとしへふんはへ(同じことしてるんだね)」
「そりゃ、毎日触り放題だし」
「やっはひへ(やっぱりね)」
目を閉じた五藤くんのアップが至近距離だ。
ほんと、綺麗な顔だなあ。
三樹くんがもし妹で、こんなにかっこいいお兄ちゃんなら『将来はお兄ちゃんのお嫁さんになる!』とか言いそうだなあ。
ほっぺたを弄ばれてる僕は、手持無沙汰なものだから、遠慮なく五藤くんの顔を見つめた。じいっと。穴が開くほど。
――なんかこれって……キス待ち顔みたい。
ほんとに、少しでも僕が顔を前に出したら、チュッていっちゃうよ。
なんて考えていたら、五藤くんの目がパチッと開いた。
そして、スッと近づいて視界がぼやけたと思ったら、左のほっぺたに柔らかい感触がふわっと押し付けられた。
えっ? って思う間もなく、五藤くんの顔が離れて……。
今、何が起こったんだ?
「あ、やべ、つい、キスしちまった」
「き……ほえ?」
ええええええええええ~!
「んなななななんでっ!」
僕はびっくりしすぎて、ズザザザザーッと後退して五藤くんから離れた。
僕のリアクションがあまりに大袈裟だったせいか、五藤くんは、自分のしでかしたことに気付いたようで。
「あ……悪い。つい、でやることじゃなかったな」
「そ、そうだよ! 僕、三樹くんじゃないんだからね!」
そりゃ、五藤くんの目を閉じた顔がキス待ち顔みたいだなとは思ったけど!
僕がウキーッてなってプルプルして涙目で睨んでも、彼は反省しているようには見えない。肩が揺れている。
「ちょっと、何笑ってんの!」
「いや……だってなんか、毛を逆立ててる猫みたいだなって……は、ははは、あはははははは」
ツボにハマったのか、五藤くんはひとしきりお腹を抱えて笑った。こんな風に豪快に笑う五藤くんを見たのは初めてで、僕の逆立っていた髪はふにゃん、と元に戻ってしまった。
「ははは、あー、やべえ、は、まじで腹痛え……」
笑いすぎた五藤くんの声は掠れて、妙に……男くさいというか、色っぽいような感じに聞こえた。
もうー、高校生なのに何なのこの人。
「あ、やべ、もう行かねえと」
「うん、いってらっしゃい」
五藤くんは立ち上がり、階段の方へ歩いて行った。降りる直前、僕をちらっと見てひらりと片手を上げた。僕も同じように返す。
ちょっと淋しかったけど、僕も午後は授業があるのだ(今思い出した)もう準備に戻らないといけない。
だから動かないといけないのに、僕の視線は五藤くんの後ろ姿を追いかけている。扉を開けた五藤くんが、不意に給水塔の上を見上げた。僕の心臓が撥ねた。ぱちっと一瞬視線が合い、重い扉が、ゴウンと閉まった。
僕はほっと息をついた。まだ心臓がどきどきしている。
――いや、このどきどきは、さっきの……。
ごろんと足を投げ出して座ると、弁当箱がぶつかった。五藤くんが綺麗に包んで結んだそれを、そっと指でなでる。
まったく、秘密の恋人同士の逢瀬じゃあるまいし。なんなんだよ、この置いていかれたような淋しい気持ちは。
僕はふうと息を吐きだすと弁当と水筒を抱え給水等を降り、屋上を後にした。
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