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寂しくて 4

 仲良くはなれたけど、僕の片想いで、五藤くんにとって僕は学校での三樹くんの代わりだし。    成就の可能性なんか、初めからない。絶対に叶わないんだ。  感情のない言葉の羅列が、僕の頭の中をぐるぐる回った。 目の前に座る佐尾先生が、遠くに感じた。  ――なんだ、これ。  ずっしりと重みのある衝撃が、お腹に食い込む。耳の中で、心臓の鼓動がやけに大きく打ち付けた。    自分の身体だけ、海にもぐったようになった。周囲の音がこもり、視界がぼやける。目を開けていられなくて、こめかみを両手で押さえた。  深呼吸してみるけど、心臓は落ち着いてくれない。汗をかく季節でもないのに、額がじわりと湿気をおび、まるで貧血の症状のようになった。 「つっくん、どうしたの? 全然食べてないし。ちょっと! 顔真っ白じゃない!」 「あ……平気、朝から食欲なかったんだ。夕べ飲みすぎちゃってさ、僕、もう行く」  本当は、飲んでなんかいない。ゆっくり立ち上がると、少しふらついて胃が締め付けられた。  う……気持ち悪い。 「無理しないで、保健室行きましょう」  佐尾先生は、二人分のトレイと食器を手際よく一つにまとめると、近くの生徒に声をかけた。片づけを頼んでいるようだ。 「ごめんね……」 「そんなの気にしないで」  佐尾先生は、男子生徒に人気の可憐な外見と異なり、中身は案外頼もしいのだ。いっそ性別を交換して欲しいと思ってしまう。    僕は、力の入らない手足をなんとか動かし、僕より少しだけ身長の低い彼女に、ほとんど寄りかかるようにして歩いた。 「ちょっと、松澤じゃん。具合悪そう」 「やだ、顔真っ白、どうしたんだろ」    背後から生徒たちのひそひそ声が聞こえたが、気にする余裕はまったくなかった。  自分の身体なのに、まるで言うことを聞いてくれない。こんなことは初めてだった。  食堂を出るとほっとしたが、体調は悪くなる一方だっだ。嫌な汗が背中をつたい、身体は冷んやりと冷たい。薄く開いた目蓋に映る、木目調の床の模様が歪んで見えた。 「あ」と佐尾先生の小さい声と同時に、大またで近づく足が見えた。 「どうかしたんですか、松澤先生……」  どきんと心臓が跳ねる。五藤のくんの声だった。 「食事中に急に具合悪くなっちゃって、保健室へ連れて行くところよ」  そんなこと、後藤くんに教えなくていいのに。    支えてもらっているくせに、僕は心の中で佐尾先生に文句を言った。大丈夫、と言いたいのにため息しか出ない。 「俺が連れて行きます。佐尾先生には無理だ」 「助かるけど……ねえ、食堂に誰か待たせてない?」  僕は無意識に、ぎゅっと目を瞑った。 「いや、大丈夫です。あとで連絡するし」 「そう? じゃ、悪いけどお願いしていい?」 「はい。任せてください」 「つっくん、五藤くんが連れて行ってくれるから、保健室でゆっくり休むのよ。いいわね」  まるでお母さんみたいに僕を心配しながら、佐尾先生は五藤くんに僕を引き渡した。  佐尾先生ありがとう。でも、生徒の前で「つっくん」呼びはやめて……。  二人の会話を頭の上で聞きながら、僕は意識がもうろうとするのに身をまかせた。

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