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アクシデント再び 2
本当に尊敬してしまう。もし僕が生徒だったなら、以前ほど厳しくないとはいえ、苦手な先生に自分から近づくなんて、絶対嫌だ。
さっそく僕は夜、食堂でのいきさつを五藤くんにラインで報告した。
――そっか、よかったな。
短い返信だけど、気持ちがこもっているのがわかるから、嬉しかった。
翌日からは、本格的に期末試験の問題作成に取りかかる期間に入る。
今期の授業は前期と比べると、生徒の反応が鈍かった。週一で行う小テストの平均点はのび悩んでいたし、自分の授業は生徒たちにわかりやすかっただろうかと、あらためて考えてしまった。
僕は現代文担当だからなんとか頑張れそうだけど、古文担当の教師はかなり苦労しているようだった。
五藤くんは今回、現代文の点数をとってくれるといいな。
他の教科は平均八十点以上だったのに、現代文だけは三十点台だった。最近は僕の授業も真面目に受けてくれてるようだから、今回は期待できるかもしれない。
かすかな希望を胸に、僕は再び手を動かした。
朝の冷え込みは、いっそう厳しいものになった。
外廊下のゴミ拾いは、携帯カイロが必要かもしれない。立つ、しゃがむ、の簡単な動作さえ、寝不足の身体はスムーズに動いてくれない。
前の晩、期末試験の作成がどんどん進み、気づいたら日付が変わってしまっていた。予定では六時間は睡眠をとるはずだったのに。四時間も眠れていない。
僕は周囲に人がいないのをいいことに、思い切り欠伸 をした。
でも、今日は二年E組の授業があるから、はりきっていかなくちゃね。
五藤くんが教室にいてくれるというだけで、E組の教室へ入るのが怖くない。むしろ、わくわくする。はっきりいって、楽しみにしてるんだ。
寝坊したおかげで、あっという間に生徒の登校時間になっていた。
急いで職員室へ戻ろうとUターンすると、長身の男子生徒が三人こちらへ向かって歩いてくるところだった。
「あ~っ最近好感度の上がった、つっくん先生だあー」
朝日を浴びてスキンヘッドがテカテカしてるマモルくんが、僕を指さし叫んだ。その後ろに五藤くんの姿を見つけて、ほっとする。
「つっくん先生? なんだよ、それ」
五藤くんが笑いをこらえた顔で言う。知ってるくせに~と思いつつ、その背後に視線を移すと、金髪のカジくんは、僕を睨んでいた。
「ほら、女の子達が、みんな言ってるっしょ。本人に直接言うチャレンジャーはまだいないみたいだけどさー」
――えっ、そんなに広まってるの?
思わず五藤くんに目で訊いてしまった。
先日食堂で、女子生徒と一緒のテーブルに座ったとき、佐尾先生はうっかり僕を「つっくん」と呼んでしまったらしい。本当にうっかりなのか、あやしいけど。
マモルくんも知ってるってことは、それは女子同士の情報網にひっかかり、あっというまに広まったのかもしれない。
どんな反応をしていいのかわからなくて、五藤くんに目で助けを求めると、ぷっと吹き出されてしまった。
(わ、笑ってる……)
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