37 / 76
アクシデント再び 4
給水等を横切ると、つい足を止めて、いないはずの人物のことを思った。
五藤くん、テストの出来はどうだったかなあ。今はテスト勉強から解放されて、仲間と遊びに行ってるのかもしれない。
「ほんと、相変わらずね。優しくないんだから」
えっ!?
いきなり人の声が聞こえて、僕は慌てて給水塔の裏側にサッと隠れた。
……珍しいなあ。
昼休みの屋上なんて、五藤くんと僕くらいしか上がってこなかったのに、先客がいたみたいだ。
咄嗟に隠れてしまったけど、そのままUターンすれば良かったと、今頃気付いた。
なんで隠れたんだよ! これじゃ、人の会話盗み聴きする人みたいじゃん!
胸の中で自分に突っ込んでみるが、動くことも出来ない。
ど、どうしよう……。
後悔しても遅いけど、いつもギイギイ鳴る扉が今回は無音で開いたのも良くなかった。
それでなんで隠れた! 僕! なんで?
さっきの声は女子生徒だろうか。もう一人の男性の声がボソボソと聞こえるけど、内容まではわからない。
「だって、あなたが優しくないから……」
ボソボソ
「そうだけど、あなたに焼きもち焼いて欲しかったのよ、本気で別れたいなんて思ってるわけないでしょ。あの人の事は別に好きじゃなかったし、頼まれて何度かデートしただけよ」
ボソボソボソ
「信じてよ! だって、だって私は……」
ボソボソボソボソ
女子生徒の割には大人っぽい声だな。
そんで、相手の男性の声は小さくて何を言ってるかわからない。興奮気味の彼女と違い、ひどく落ち着いている印象だ。
第三者の僕の耳には、二人の間に温度差を感じる。もう既に、互いの気持ちが通じ合っていないような。
って!
生徒の会話を隠れて聞いて勝手に分析しちゃってんの、僕! だめでしょ!
「私やっぱり貴也が好き。ねえ、私達やり直せない?」
――えっ? うそ……
まさか……。
僕の足は、引き寄せられるようにフラフラと給水塔を回り込み、声のする方へ近づいていった。ダメだと思うのに、足が止まらない。
そこには、食堂で見かけた塩谷エリナと五藤くんが、向かい合っていた。
僕の立つ位置からは、五藤くんの顔は、見えない。
――だめだ、立ち聞きなんか――
そう思うのに、僕の足はそこから動けなかった。
「ごめん、おまえとはもう無理だ」
「どうしてよ! 私が他の人とデートしたから? しばらく連絡しなかったから? あんまりしつこくして嫌われたくなかったのよ」
「それは関係ない。それに、おまえの卒業前には、もう……俺に気持ちがなかった。はっきり伝えなくて悪かった」
「もう我儘言わないから、お願い。気持ちがなくてもいいから」
はあっ、と、五藤くんの重いため息が聞こえた。
「ごめん」
「なによ……まさか他に、好きな子がいるんじゃないでしょうね」
五藤くんの肩が微かに揺れた。
「――いる。……大事なやつが」
……え?
塩谷エリナがヒュッと息を吸い込み、大きな目を更に大きくした。
僕は、脳みそが停止してしまった。
「誰よ、クラスの女子?」
「違う。年上……だけど、手のかかるやつ」
「……望みありそうなの? その人」
「どうかな。わかんねえけど、触っても怒られはしねえな」
「……バカ。聞かなきゃよかった」
ともだちにシェアしよう!