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アクシデント再び 5
耳は聞こえるんだけど、僕はまだ思考停止していた。
「私を振ったんだから、絶対に頑張んなさいよ!」
「言われなくても」
「もう……じゃあね!」
塩谷エリナが僕の隠れているほうへ走ってきたから、僕はあわてて身体を低くした。バタン、と扉が閉まる。僕は、座り込んだまま、動けなかった。
――好きな子ができたの?――
――いる、大事なやつが――
五藤くんに好きな人が。
好きな人が、いるんだ。
なんだ、五藤くん好きな子がいたんだ……。なんだそっか、俺に教えてくれればいいのに……。水臭いなあ。
ずるずると、その場にしゃがみ込んだ。胸がズキズキと痛い、苦しい。僕は胸を押さえた。
ここにいたらだめだ。ここ以外の、どこか別の場所へ行かないと。でも、ここには五藤くんがいるのに、離れなければならないなんて悲しかった。
でも……。
足がへにゃん、力が入らなくて立ち上がれない。うう、どうしよう。
「なにしてんだ、おまえ」
「あっ……」
ぐずぐずしていたから、見つかってしまった。
こんなに簡単に見つかってしまったのもショックだけど、さっきの二人の会話を聞いて、衝撃を受けてる自分がいた。
五藤くんに好きな子がいるってことと、それを僕が知らなかったこと。多分両方。
僕がショックを受けるなんて、お門違いなのは重々わかってる。そもそも、僕は男で教師だから、男子生徒の五藤くんの恋人になんてなれっこない。
僕は五藤くんにとって、三樹くんの代わりなんだし。
でも、すごいショックで足が震えてくる。ここから逃げ出したい。彼の目を見られない。
「立ち聞きかよ、教師のくせに」
「ご、ごめん」
「で、どこまで、聞いてた」
はっと顔を上げると、五藤くんは真っすぐに僕を見ていた。怒っているようには見えない。むしろ、優しく微笑んでいるように見えるんだけど……。
なんで?
「こら、なんとか言え」
至近距離の五藤くんの笑顔は心臓に悪い。どきどきして、もっと苦しくなっちゃうよ。
「あ、あの僕、聞くつもりなんかなかったのに、とっさに隠れちゃって」
こんなの苦しい言い訳だ。僕は教師のくせに、大人のくせに、全然成長してないんだ。これじゃ、またいつか同じことを繰り返してしまう。
五藤くんは、またふって笑った。
「まあ、軽く想像できるけどな。ふらふら屋上来てのんびりしようと思ったら、先客がいたってとこだろ」
「うん、その通り。でも……ほんとに、ごめんね」
「いや、だから、俺は別に怒ってないから、どこまで聞いてたのか教えろって言ってんの」
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