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想いが溢れて 3

 僕は、おとなしく丸椅子に座った。俯いて、膝に置いた自分のこぶしをじっと見つめた。   五藤くんの顔を見たら、本音が出ちゃいそうで、取り乱してしまいそうで、怖かったからだ。 「傷、痛む?」 「薬が効いてるから平気。後で痛くなるかも」 「ほんとに、ごめんね、僕のせいで……」 「もういいって、俺にも、原因はあるし」 「五藤くんは、一つも悪くないよ」  こうして、すぐ傍で五藤くんの声を聞いていると、切なくなる。やっぱり好きだって思う。目蓋をぎゅっと閉じた。  不意に五藤くんの手がのびて、僕の手首を掴んだ。 「あっ……」  思いがけない接触に、全身の体温がドッと上昇した気がした。 「それより、立ち聞きのほうを反省しろよ」 「ご、ごめん」  彼の掴む手首に、全神経が集中してしまう。どうしよう、ドキドキする。顔が赤くなっていないだろうか。 「今回は、立場逆転だな。いつもおまえがベッドにいたのに」 「そう、だね」  ふっと、そのときの光景が浮かんだ。  僕が体調を崩したあの日、ベットに横たわる僕の髪を、彼の手が優しく撫でた。その手が、今度は僕の手首に触れている。  この手を、他の誰かが触れるのは嫌だって思う。勝手な我儘だけど。 「目が真っ赤だな。……ずっと泣いてたのか」  そんなに優しい声で、言わないで欲しい。 「僕、五藤くんが怪我して、頭から血が流れたとき、ほんとに怖かった」  顔を上げて、五藤くんの目を見た。視線がぶつかり、吸い込まれそうな感覚になる。身体が、寒気のようにぞくっと震えた。  ――僕、どうしたって五藤くんが好きだ。簡単には、この気持ちは消せないよ……   目を見つめていたら、本心を打ち明けてしまいそうで、また俯いた。  僕の手首を掴んでいた彼の手は、僕の髪に移動して、くしゃっと掴み、ふわふわと撫でてくる。 「俺だって未だに、薄暗い地下室で、おまえに乱暴したことを思い出すんだ。その度に、後悔と苦い思いでいっぱいになる。もしかしたら、おまえを酷く傷つけていたかもしれないって」 「そんなことっ……」  僕は首を振った。まだ気にしてくれていたんだ、という喜びと、苦しそうな顔をさせている辛さが混ざり合う。  そんな顔しないで、だって僕は、僕は君のことが。  ああ、いっそ打ち明けてしまいたい。でもダメだ。五藤くんを困らせちゃうから。  言いたい、伝えたい。  ダメだけど、でも……想いが今にも溢れそうで止められない。  僕は、俯いた後、顔を上げた。 「ねえ、僕、僕さ……五藤くんとこうして、会って話すの、好きだって言ったよね」 「ああ」 「話すのだけじゃ、なくて」  髪を撫でる手の動きが止まり、僕はその手をそっと握った。 「好き、なんだ、五藤くんが、好きで――ひ、独り占めしたいんだ」  僕は一気に告げてしまった。    五藤くんが穴が開きそうなほど強い視線で僕を見つめたまま、息をのむのがわかった。 「……まじで」 「こんなこと、冗談で言えないよ……ひゃっ」  突然、腕を強く引き寄せられ、僕の身体はふわっと浮いた。  五藤くんの黒髪が、僕の頬に触れていた。触れてみたいと思った髪。僕の身体は、五藤くんの腕の中にいた。

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