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もやもや 6

 僕は黒板に続きを書いた。 「ほんとだ! 全然違うよ~、しかも書きやすいね」 「でしょでしょ~」  思わずニコニコしちゃうと、眼鏡くんはポッと頬を染めてもじもじした。喜んでくれたみたいでよかったなあ。ほんと、生徒に思いが伝わるのっていいな。    少し前までは、こんな日を迎えられるなんて想像もできなかったから嬉しい。僕はひっそり感動した。  次からはこっちのメーカーのチョークを買おう。いい事教えてもらっちゃったなあと、僕は鼻歌混じりで黒板に向かった。  そういえば、五藤くんとお付き合いするようになってから、いつの間にか生徒達との距離がぐんと縮まった気がする。  僕が「威厳ある教師像」にこだわらなくなったってのもあるけど、生徒達の僕の呼び名は「つっくん」に定着しつつある。  これが普通の学校だと、一部の真面目な生徒は「松澤先生」を貫くんだろうけど、あいにくこの学園に真面目な生徒はいない。  教師の呼び名だって、悪口以外ならなんでもオッケーだし。  チョークをくれた彼のように、見た目だけは真面目そうに見える生徒も、中身は全然そうじゃない。  そもそも、真面目な生徒は「自由学園」に入学しようなんて思わないだろうから。  本当に最近は、生徒達との間にあった壁が取れて、授業後の質問にも来てくれるし、ランチにも誘ってくれるし。(僕はお弁当持参でランチは五藤くんと一緒だから断ることが多いけど)  嬉しいなあと一人ほくそ笑み、板書を終えて黒板に背を向けると、なんだか教室内の空気が変だった。  僕にチョークをくれた眼鏡くんが、他の生徒に睨まれてるのだ。あれ、男子ばっかり。「ずるいぞ」とか「抜け駆けは禁止だぞ」とか聞こえる。 「あの、どうしたの?」  僕が恐る恐る訊くと、後ろの席の大人っぽい女子生徒が、フォローしてくれた。 「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ。みんな、つっくんと仲良くしたいだけだからさ」  と、言った。  え、そうなの……? 本当に?    僕は驚いて、固まってしまった。もちろん、嬉しくて。  僕のその様子に、教室内がシン、とする。  生徒達が一斉に、なんだか心配そうに(そう見える)僕を見ている。  だめだ。我慢するんだ。  だってずっと今まで、頑張って泣かないでやってこれたじゃないか。  僕は鼻の奥がツンとするのをなんとかやり過ごそうと頑張った。  ダメだよ泣いちゃ。  泣くのは五藤くんの前だけにするんだから――。  そこで、はっと僕は思い出した。    五藤くんは、僕が泣くのは嫌みたいだった。  僕が泣くから先に進めないって……。  ボロッと僕の頬に雫が落ちた。  涙を堪えるために五藤くんを思い浮かべたのに、逆効果になっちゃった。 「つっくん? どうしたの!」 「もおー、あんた達が揉めるからつっくんが泣いちゃったじゃないのー」 「そうだ、おまえらがなあ」 「おまえが抜け駆けすっからだろ!」 「あんた達、いいかげんにしなよ!」 「つっくん、おお、よしよし、泣かないで、大丈夫だよー」 「怖くないからねー」  女子達が僕の周りに集まって、頭をポンポンしたり背中を撫でたりしてくれる。 「う、うん、あ、あり、が、と……」

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