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だから用心しろって言ったのに 5

「あ――、ほんとに会いたいよ~」  昼休み終了を知らせるベルが鳴って、生徒達が動き出す。僕も立ち上がった。 「あ、もうこんな時間」  職員室の壁掛け時計は、午後三時半になるところだった。そろそろ帰ろうかと身支度を始めた。  二年生以外の担当がない僕は、今日は授業がなかった。なのに、雑務を片付け始めたら止まらなくなって、こんな時間になってしまった。  本当なら、佐尾先生や他の教員みたいに有休を堂々とれたはずなんだけど。二年生が一斉に休みだってすっかり忘れていたのだ。(佐尾先生も話題にしてくれればよかったのに)(遊ぶことで頭が一杯だったのかも)  でも、こんな機会は滅多にないからよかったと思う。五藤くんには会いたかったけどさ。 「あれ、資料ここに入れておいたはずなのに」  明日一番の授業に使うため、持ち帰ろうと考えていた文献だった。 「おかしいなあ、先週取りに行ったのは覚えてるんだけど……」  もしかして、他の本を探している間に、仮置きした場所に置いてきたんだろうか。 「しょうがない、行ってみるか」  気が進まないけど、僕はしぶしぶ職員室を出て、廊下からすぐの階段を降りていった。まだ明るい時間帯だからマシだけど、やっぱりできれば行きたくないと毎回思ってしまう。 「はあ……さっさと済ませよう」  毎度のカビ臭い空気、チッカチッカ点滅する蛍光灯。(来るたび総務に報告しようと思うのに忘れる)  しかも、僕の使いたい資料は奥にあるのが辛い。  五藤くんがいれば一緒に来てもらえたのに。そして、少しイチャイチャもできたのに……。  だから、このところはずっと、この場所が五藤くんとの密会場所というか、(初めて二人きりで会った場所だし)(あのときは怖かったけど)僕の中で、特別なものになっていた。    けれど、やっぱり一人で来ると全然違う。すっかり元の、陰気でジメジメした場所だった。 「あ、やっぱり置きっぱにしてた」  本棚の脇に放置してある壊れかけた椅子の上に、ポツンと本が置いてあった。忘れられて、なんだか寂しそう。僕はそれを手に取り、すぐに退散するつもりだった。――のだが。  入り口付近で、ギギ、とドアの軋む音がした。  来たとき、閉めると暗くなるから、開け放しておいたドアだ。ガチャリという重い音も聞こえた。  えっ、今の、ドアが閉まった音? ――勝手に閉まったのかな。  ストッパーを挟んだからそんなはずはないのに、背中がゾッとした。  本を胸に抱え、急いで入り口に向かう。本棚と本棚の狭い間を通り過ぎようとして、足を何かに引っ掛けた。 「わっ!」咄嗟に本棚にしがみついたから、倒れずに済んだけど、手の平を本の角で擦ったらしく、ひりひりした。 「あー、もう……」  痛くて摩ってみたけど、暗くてよく見えない。 「つっくん、大丈夫?」  突然、すぐ近くで誰かの声が聞こえて、ヒュッと息を吸い込んだ。心臓が止まるかと思った。 「えっ……誰」 「あ、驚かしちゃったかな、あの、A組のトヨダだよ」 「トヨダ、くん?」  すぐに顔が思い浮かばなかった。A組はスズキくんのクラスだ。 「つっくんが地下に降りていくのが見えたから、何か手伝えるかなと思ってさ。重いものある?」

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