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好きだよ 3

「拗ねてんのか? 土日の予定を俺が訊かなかったから」 「べつに、そんなんじゃないよ」  僕は咄嗟に嘘をついた。本音では図星だったわけだけど。  だって僕と五藤くんが付き合い出してから、必ず互いの週末の予定を確認しあうのが恒例になっていたから。(正確には、五藤くんと三樹くん二人の予定だけど)  五藤くんは、腹違いの弟の三樹くんと、三樹くんの母親の三人で暮らしている。  五藤くんとは血の繋がりのないお義母さんは看護師で、土日勤務が多い上に、夜勤後は寝ていることが多いそうだ。だからそんなときは、忙しいお義母さんに代わって家事や三樹くんの面倒を、五藤くんが引き受けている。  なんでもソツなくこなす五藤くんだけど料理だけは苦手で、一週間分お義母さんがまとめて作り置きをしてくれるらしい。  ――だから、僕の簡単な料理も喜んでくれるんだろうけど  無防備に感情を隠さない五藤くんの顔を見てしまったら、気持ちがグラつく、でも……。 「とにかく、ここでいいから! ありがとう! じゃあまた、月曜日にね!」  そう言うと僕は、ダーッと走り出した。自分のアパートに向かって一目散に逃げた。 「は? 待てよ!」  五藤くんの方が足は速いけど、僕のアパートは細い道が入り組んだ先にあるからそこまで行けば大丈夫だ。 「つっくん! 待て!」  背中を五藤くんの声が追いかけてくる。しかし、僕はとにかく走った。 走った。――走った、のに。  コンパスの違い? ヤバい! どんどん後ろの足音が大きくなってるんだけど!  振り向いてる余裕はなかった。自分の息がうるさい。こんなに懸命に走ったのが久しぶりすぎて足が攣りそう。  でも、もうすぐ曲がり角だ。すぐに曲がれば、五藤くんを撒《ま》ける。 僕は全速力で、角を曲がって曲がって曲がった。 「っ! はあっ、はあ、はあ……」  喉が引っ付きそうになっていた。ブロック壁に手を付いて息を整えた。さすがの五藤くんも、ここまでは追って来れないだろう。    僕は肩で息をしながら振り向いた。 「何、企《たくら》んでんだよ」 「ぎゃあ――――っ」  すぐ後ろに五藤くんが立っていた。 「なんでっっ?」 「それはこっちのセリフ」  風がさあっと吹いて、顔や首を撫でていく。五藤くんの黒髪も、風に靡いた。けれど、表情が険しいから、髪が逆立っているように見える。 「諦めておまえんち連れてけよ。何が何でも送らせろ」  やっぱり、凄く怒ってる! 「怒ってる人に、送ってほしくないよ!」  相変わらず五藤くんの髪は逆立っている。 「――怒って……ないとは言わないけど、おまえが警戒心なさすぎだから。現に……」 「トヨダくんは、僕のこと心配してくれただけじゃん」  僕は周囲に人がいないのを確認してから言った。 「バカ、特別な感情がなかったら、普通はあんなこと言わない。少なくとも、俺があいつの立場だったら同じこと考えるよ」 「特別?」 「そうだよ」  五藤くんは、僕から目を逸らして言った。 「それって――どういう意味? 特別に面倒見たくなるってこと? 三樹くんみたいに」 「はあ?」

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