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好きだよ 5
「何言ってんの。おまえだって充分若いだろ」
土鍋と米を、キッチン下の扉から取り出した。
「若さが違うよ。五藤くんは十七歳、僕は二十四歳。五藤くんが僕と同じ歳になった頃には、きっと僕のことなんか、『そういえば昔、変な教師がいたな、顔がやたら可愛いくて、ほっぺに触らせてもらったな、手触り最高だったな』とかさ、そんな風に徐々に記憶も薄れて曖昧になっちゃうんだよ」
「曖昧どころかずいぶん鮮明な記憶だな」
「曖昧だよ、ぽっぺの記憶しかないんだよ」
米を三合分計り土鍋に入れ、浄水に浸す。どんなことがあってもこれだけは間違えてはいけない。最初に米を湿らすときは水道水じゃなくて、浄水。
「エロいキスの記憶は?」
ザーッと研き汁をシンクに流す僕の手が一瞬止まった。
「そ、れは……」
衣擦れの音と一緒に、五藤くんの声が頭のすぐ上から降ってきた。
「好きだよ」
「っ……」
声が近くて、息も感じる距離。五藤くんの体温を背中に感じて、二人きりなのをやけに意識した。
「俺は付き合ってるつもりだったから、恋人だと思ってた。なあ、つっくんは? もう俺のこと好きじゃない? それとも俺の勘違いなのかよ」
なにその言い方。いつもの五藤くんじゃないみたい、すごく甘ったるい言い方と、声。
「ぼ、僕……」
狭いアパートの僕の部屋に、二人きり。学校で二人きりになるチャンスは多かったけど、でも学校は他にたくさんの生徒や教師がいるから、いつ邪魔が入るかわからなかった。
だから、こうして五藤くんと、「完全に二人きり」なのは、始めて。
五藤くんが身体をぴったりくっつけてくるから、僕の身体は流しに押し付けられる。土鍋を手に持っていられなくてシンクに置いた。
「なあ、どうなんだよ」
「僕だって……恋人だって思ってたよ。でも五藤くんが、何にもしてくれないから、触るだけで満足してるなら、違うのかなって、思って」
「我慢してたからな」
「我慢しなくていいって、僕言ったよ?」
振り向こうとしたら、五藤くんが更にグッと腰を押し付けてきた。すごく熱くて硬いものが、僕の背中の下に押し付けられた。
「――こんなことになってんだから、触るだけで満足なわけないだろ」
「五藤く――」
顔だけ振り向いた僕の口は、熱い息と一緒に塞がれた。
「んっ……」
何度かしたことのあるエロいキス。でも、五藤くんの真剣な雰囲気が少しだけ怖い。
「ふっん、」
息が苦しくて、鼻で上手く呼吸できなくて口を開けたら、にゅるって熱いものが入り込んできた。
「んんっっ!」
待って待って! 舌入ってきた!
舌が僕の口の中を何か探してるみたいに這いずり回ってる!
「んっ、んっ」
体勢が辛くて、苦しい上に、今までにないほど粘着なくちづけに、腰が抜けそう。
――今までの「エロいキス」はちっともエロじゃなかったってことか……
こんなの知らない。こんな風に、口の中強引にかき回されて、すべてを奪われそうなキスなんて、したことがない。
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