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「…っ!」 ベッドに倒れ込み、ぶたれた頬に手をあてる牧野。 その牧野の姿に頭に血が上っていた広瀬も流石に我に返る。 「あ…、」 広瀬は痛みに呻く牧野を視界に入れ、スッと血の気が引いた。 イジメていた中学時代にさえも暴力を振るったことは一度もない。 微かに震える己の右手を広瀬はギュッと握り締めた。 ごめん、その言葉が喉の奥に張り付いて出てこない。 申し訳なく思っているのに、僅かなプライドが邪魔をする。 「ごめんね…」 すると押し黙り立ち尽くす広瀬に、被害者である筈の牧野がそう声を掛けた。 思ってもいなかった牧野の言葉に広瀬は戸惑う。 「急に触ってごめんね…嫌だったよね…」 こちらを向いた牧野は困ったようにへらりと笑みを浮かべていた。 自分がぶたれたというのに、決して広瀬を非難することはない。 それが広瀬を益々苦しめた。 牧野の言葉を皮切りに、先程の勢いが嘘のように広瀬は大人しくなった。 二人並んでベッドの上に腰掛け、言葉を交わすわけでもなく、静かな時間が流れる。 牧野は先程床に散らばったチェストの中身を律儀にも引き出しの中に仕舞うと、そこからミネラルウォーターを一本手に取り口に含んだ。 よく、どこかもわからない部屋に置いてあるものを口にすることができるなと広瀬は思ったが、牧野の痛々しい程赤くなっている頬を見ては、小言さえ言うのが憚れた。 「はぁ…」 広瀬は重々しい溜息を吐いた。 どれくらいの時間が経ったのだろうか、体感ではもう何時間もこの部屋にいるように感じる。 時計などの時刻を確認する物もこの部屋にはないので確認のしようもない。 一体いつまでこの部屋に閉じ込められないといけないのか、まさか本当に牧野とセックスしないとこの部屋からは出られないのだろうか。 そんな考えが脳裏を過って、広瀬はいやいやいやと頭を振った。 そんなこと出来るはずがない。 まず、広瀬は同性愛者ではない、今まで付き合ってきたのも女だけだ。 牧野がどうかは知らないが自分は絶対に無理だと確信が持てる。 それに牧野だって、過去に自分をイジメていた人間とセックスするなんて、嫌なはずだろう。 広瀬は何気なく牧野を見た。 中学の時よりも伸びたが、それでも広瀬より幾分か低い身長。 体格も男の癖に線が細くてひょろひょろだ。 ふと、牧野を起こした際に触れた感触が蘇る。 女のように柔らかくはないが、華奢で掌から伝わる細さにドキリとした。 規則正しく静かに呼吸するのが牧野らしくて、眠っている時でさえ控えめなのかよと少し可笑しく思う。 そんな風に牧野を観察していると、僅かな異変を広瀬は感じた。 牧野の丸められた背が微かに震えているのだ。 ずっと膝の上に置かれていた手も、まるで声を出さないように口に当てられている。 「牧野…?」 広瀬が名前を呼ぶと、牧野は大袈裟なぐらいに身体を跳ねさせた。 明らかに様子がおかしい。 「おい牧野、お前…」 変だぞと続けたかった広瀬の言葉は不自然に途切れてしまった。 なぜなら、こちらを見た牧野が顔を真っ赤にして今にも泣きだしそうな表情をしていたから。 「…っ広瀬君」 はあはあと息を荒げ、潤んだ瞳に広瀬を映す牧野。 広瀬はわけが分からず、その紅潮した顔をただ凝視する。 「…お、俺の身体…変なんだ…さっきから、あ、熱ぃ…っ」 声を発することも苦しいのか、牧野はつっかえながらも必死に広瀬にそう訴えた。 首や耳までもが真っ赤に染まり、呼吸しずらそうに半開きになった口からは熱の篭った吐息が漏れている。 まるで欲情しているかのような牧野の姿から広瀬は目が離せなかった。

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