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05
自分で口にした言葉に犬飼は顔を真っ赤にして頭をぶんぶんと横に振った。
「いやいやいや…」
片想いの相手とラブホテルのベッドの上、なんて…どんな都合のいい夢なのか。
そりゃ…猫宮先輩のこと、そんな目で見てないと言ったら嘘になるが…。
「うがー!何考えてんだオレ!」
がしがしと両手で髪をかき乱し、よからぬ妄想をしかけた己を律する。
そのまま重く溜息を吐いて犬飼は今だ眠り続ける猫宮にそろりと視線を向けた。
「…先輩、起こした方がいいよな」
こんなわけのわからない状況、一人では対処できる筈もない。
それにもしかしたら猫宮がこうなった経緯を知っているかもしれない。
そんな淡い期待を抱き、犬飼は恐る恐る猫宮に手を伸ばした。
「…っ」
触れた背中が思った以上に華奢で、ドキリとする。
掌から伝わる暖かい体温に、思わずゴクリと喉が鳴った。
「ね、猫宮先輩…起きて下さい」
「…んん、んー…」
軽く身体を揺すると、猫宮は身動ぎうっすらと目を開けた。
その藤色の瞳に犬飼を映すと、覇気のない様子で何度か瞬きを繰り返す。
「んー…?」
「え、えっ…先輩?」
強制的に起こされて怒っているのか、少々眉を寄せてこちらを見つめてくる猫宮に犬飼はたじろいだ。
どうやら猫宮は寝起きが悪いらしい。
普段見れない猫宮の姿に状況を忘れ、犬飼はキュンと胸がときめく。
「あ、あの…おはよう、ございます」
「………」
犬飼がもう一度声を掛けると、段々覚醒してきたのか不機嫌そうだった猫宮の表情が驚愕のそれに変わった。
「…っい、犬飼、君…っ?ぇ、え…?」
バッと起き上がり困惑気味に犬飼を見る猫宮。
それもそうだろう、起きたら目の前にアルバイト先の後輩がいたのだから混乱するに決まっている。
「え、え?どうして?…ここ、どこ…?」
キョロキョロと辺りを見渡し先程の犬飼と同様の反応をする猫宮。
そんな猫宮の姿を見て、犬飼はこの状況が猫宮も意図しない不測の事態なのだということを理解した。
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