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「……」 「……」 痛いぐらいの沈黙が二人の間に流れる。 倒れた体制のまま身じろぐことも出来ず硬直し、お互いの目を見つめ合う。 犬飼は吐息が感じられるぐらい間近にある猫宮の顔に身体が熱くなるのを感じた。 先程の衝撃も忘れ、心臓が早鐘のように鼓動する。 「せ、先輩…」 恐る恐る猫宮の名を呼ぶと、動揺に揺れていた猫宮の瞳からじわりと涙が溢れた。 犬飼はぎょっとして、慌てて体制を立て直し猫宮の肩を両手で優しく掴んだ。 「ど、どうし、っ!っえ?!」 突然のことに口が回らず、声が裏返る。 そんな犬飼に猫宮はふるふると首を振った。 「ご、めん…っ、泣いたりして…」 パジャマの袖でごしごしと目元を拭う猫宮。 犬飼は意外と豪快に拭く猫宮の目が赤くならないか心配だった。 「…でも、…っ軽蔑したよね…絶対。だってこんなの見られて…っこの前も情けないとこ見られちゃったのに…、」 俯きながら涙の理由を語る猫宮。 情けないところとは、以前バイト先で猫宮と店長が致しているのを犬飼が目撃したことを言っているのだろう。 「せっかく犬飼君が知らないフリしてくれてたのに、…ごめんね…変なの見せちゃって…」 散らばる写真を手に取り、震える手でぐしゃりと握り潰す。 「あはは…もう、こんなんじゃ先輩なんて出来ないよね…俺、汚いから…犬飼君に近付かないようにするから…っ」 犬飼の方を見ることなく、猫宮は写真を掻き集める。 その声は微かに震え、気を抜くと今にも泣いてしまいそうだった。 そんな弱弱しい猫宮の姿に、犬飼は耐えられなくなって衝動的に両手を伸ばしていた。 「…っ先輩!」 後ろから猫宮をぎゅっと抱きしめる。 犬飼より幾分か華奢な猫宮はすっぽりと腕の中に納まった。 石鹸と猫宮の体臭が混じった匂いが鼻先にふわりと香る。 「い、犬飼君…ッ?」 いきなり犬飼に抱きしめられ、猫宮は固まった。 背中から犬飼の鼓動が伝わってきて、その早さに驚いた。 「そんなこと言わないで下さい!俺、先輩が汚いなんて思ってません!」 「…でも」 「そりゃ、正直ショックでした…」 「…っ」 「だけどそれは幻滅したとかじゃなくって…だって先輩は、いつも優しくてキラキラしてて、軽蔑なんてするわけないじゃないですか!だから離れるなんて言わないで下さい!だって俺は、先輩のことが…っす、すすす、好き、なんです…」

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