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「塩谷さん?大丈夫ですか?」 邪な考えにうつつを抜かしていると、ぽけーっとしいている塩谷を不思議に思ったのであろう佐藤に声を掛けられた。 塩谷はビクッと身体を揺らし、うへぁっ!と動揺して上擦った声を上げた。 「だだだだいじょううんッ!ゴホンッ!大丈夫です…っ」 「あ、もしかしてあんまり見えてないんですか?眼鏡掛けてないし」 「そ、そうですね…自分ど近眼なので…」 必死に冷静を装おうと、塩谷は思わずその場に正座した。 「じゃあ大変ですよね色々と…うーん」 すぐ近くで聞こえる佐藤の声に、佐藤がその辺をゴソゴソし始めたことにも気にも止めず、塩谷は幸福に浸っていた。 いつも遠いところから密やかに見つめるだけしか出来なかったあの佐藤が、こんな手を伸ばしたらすぐ触れてしまいそうな程近くにいる。 夢じゃない、これは現実で、今自分は恋しくて欲しくてたまらなかった相手と二人っきりなのだ。 「(…ふ、ふふふ、こ、これは天が俺に与えたビッグチャンス…ッ。吊り橋効果的なあれで一気に距離を縮めて、親密になるんだ…!)」 ふぐぐぐと、堪え切れない不気味な笑みを浮かべる塩谷。 頭の中はもう、佐藤といい感じになっている自分のイメージしかなかった。 「しーおたにさん、」 そんな風に妄想に耽っていると、可愛いらしく間延びた言い方で名前を呼ばれ顔を上げた。 すると待っていたように耳に眼鏡を掛けられ、一気に視界がクリアになる。 「ありましたよー眼鏡!」 そう言ってにししと笑う佐藤の笑顔が目の前で鮮明に見え、塩谷は息を呑んだ。

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