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塩谷は上手く息が出来なかった。 まるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように、ひ、ひ、と変な音が喉から出るだけで。 苦しくて苦しくて自らの胸倉を掴む。 目の前が真っ暗だ。 何も見えなくなって、佐藤の姿さえも見失ってしまった。 「(嫌われた佐藤さんに嫌われたもう終わりだ終わり)」 ぐるぐると負の感情が溢れ出す。 佐藤の言葉が何度も何度も耳に反響する度、何かの間違いであって欲しいと願った。 「(佐藤さんに嫌われたら俺は生きていけないのに…っ拒絶されたらもう、駄目なのに…っ)」 過去数多のトラウマがフラッシュバックし、お前なんかいらない消えろと幻聴が聴こえてきて冷や汗が止まらない。 塩谷は頭を抱えその場に蹲った。 ーー佐藤だけが、笑いかけてくれたのに。 人から嫌われて生きてきた塩谷に、佐藤だけは優しくしてくれた、それなのに。 もう笑いかけてはくれないのだろう、優しく名前を呼んでくれることもないのだろう。 その事実に塩谷は心が押し潰されてしまいそうだった。 「(嫌だ嫌だ嫌だ…!)」 駄々をこねる子供のように頭を振る塩谷。 ボロボロと流れ落ちる涙が眼鏡を濡らす。 ーーこんな筈じゃなかった、こんな、酷いことをしていっぱい泣かせて、そんなつもりなかったのに。 今更後悔しても遅いが、そう思わずにはいられなかった。 「(死んでしまう…もう死ぬしかない…俺に生きてる価値なんてない………だけど、ああ、どうせ死ぬのならいっそのこと…)」 打ちのめされ、悲観に暮れ、絶望し、塩谷はもう正常な判断が出来なくなってしまった。 抑えきれない欲望がムクムクと芽を出して、心も身体も支配される。 「ぐ…〜っ、ぅ…」 肩を震わせ嗚咽を漏らす塩谷の姿に、流石の佐藤も心配になっていた。 佐藤の言葉が引き金となって塩谷はこんな状態になってしまったのだから。 「…あの、…」 佐藤は蹲り小さくなった塩谷の背に恐る恐る手を伸ばした。 その手が塩谷に触れるか触れないかのところで、突然手首を掴まれる。 わっ、と驚き咄嗟に身を引こうとしたが、強い力で阻まれた。 ゆっくりと塩谷が起き上がる。 その表情は眼鏡が邪魔でよく見えない。 だが様子がおかしいことは明白で、佐藤は狼狽えた。 「…し、おたにさ…!」 怯えながらも離すように声をかけたその瞬間、力任せに押し倒された。 二人分の体重を受けたベッドが大きく揺れ、咄嗟の出来事に佐藤は面食らう。 「ひっ…!や、っ…ん、んむッ?!」 何をされたのか理解して悲鳴を上げようと口を開いた途端、それを搔き消すようかのように塩谷に口付けられた。 柔らかい感触に佐藤は目を見開く。

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