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06
「え、っ!専務さん?!」
「げ…っ、な、何しに来た!?」
突然の専務の登場に狼狽える新人と局長。
そんな二人の反応に専務はニヒルに笑うと、ゆっくりとした動きで近づいて来た。
「私がここに来たのはこの部署の担当者である君達にある報告をする為だ。…だが近くまで来た時にやたら大きな声で私の品位を損なうような話が聞こえてきてね、撤回するべく不躾だとは思ったが勝手に入らせてもらったよ」
「うき〜ッ!何を撤回するっていうんだ全て事実だろう!!」
目の前まで来て、専務は腰に手を当て本当に残念なものを見るような眼差しを局長に向けた。
「確かに私は君からいくつかのアイデアを聞かせてもらっていたよ」
「ほらな!お前は人のことを踏み台にして、自分一人だけが甘い蜜にありつくような最低な人間だ!話をしてるだけでも悪寒がする!早く出て行けっ!」
「おいおい失礼な物言いだな。私が君のアイデアに着想を得たのは確かだが、決して盗んでなどいない。どうやら君の話は君に都合がいいように出来ているようだね」
「な、…っ!」
鼻で笑う専務に今にも飛びかからん勢いの局長。
すぐ側にいた新人が間に入っていなければ、専務に掴みかかっていただろう。
「それって、どういうことですか?」
どうどうと興奮状態の局長を宥め、新人は専務に問いかけた。
専務は興味深そうに新人を見やると目を細めた。
「まず、君はそのアイデアを発案しようとしていたと言ったが、その気はなかったのだろう?全てお蔵入りにするつもりで私にぺらぺら話した筈だ。事実いくら待っても君がアイデアを発表する様子はなかったからね。私はそれでは勿体ないと思い、君の代わりにプレゼンをしたまでさ。それにプレゼンの内容も私が独自に解釈し発案したものだ。君は悔しいと言っているが、果たして同じことが君に出来たのかな?」
「そ、それは…っ」
後退る局長、冷や汗が額に伝っている。
「今の君と違って、あの頃の君と言えば自己主張に欠け声が小さく人見知りで、会議でも意見することなんて無いに等しかったからね」
「え、局長さん自分からバンバン案を出したんじゃなかったんですっけ…?」
専務の語る若き日の局長に新人は驚きを隠せなかった。
この人に大人しい頃とかあったんだ!と意外過ぎて目を丸くしている。
「っぅ、…だ、だって……んぎーーー!!今そんなこと関係なーーい!!お前も私の部下の前で私の評価を下げることを言うなーーっ!!」
あ、誤魔化したな、と新人は真顔で局長を見た。
「失敬な。私は君と違ってそんなことしないさ。それよりも君、確か入社試験をトップの成績で通過したあの新人君だね。優秀だと話は聞いているよ。どうかな?こんな今にも衰退しそうな部署ではなく、もっとクリエイティブな部署でその才能を発揮してみないかい?」
「え、あの…」
まるでナンパするかのようにさらりと新人に話を持ちかける専務に、局長は地団駄を踏んで勝手に私の部下を引き抜こうとするなーーっ!と怒り心頭だ。
「今より更に待遇も良くなるし、君も最先端の環境で働けるのは魅力的だろう?…それに、近々この『部屋』部門は運営停止になるからね」
専務のその発言に、新人だけではなく局長も息を飲んだ。
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