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第2話

紅葉side 「はっ?! お前のイトコって確かバイオリンだったよな?ベースは素人だろ?! ふざけんなよ?LIVEまで10日だぞ?!」 確かこれが一年ぶりに再会した彼…凪(なぎ)くんから聞いた言葉だったと思う。 「LIVEまであと10日しかないのに凪が詰めるからまたベースがトンだんじゃん!! だいたいサポートとは言えあいつも素人みたいなものだったんだから本物の素人でも大して変わらないでしょう。むしろ音楽の基礎が出来てる紅葉の方が使えると思うけど? とにかく私は歌うことに集中したいし、気に入らないからって後ろからスティックを投げられるのはイヤだし、レッスンと取材、イベントの衣装と演出の打ち合わせで忙しい。 あと10日、何から何まで凪が面倒みて!!」 そう告げてみなちゃんは別の仕事へ行ってしまった。 「えーっと、紅葉くん…だっけ? 一年ぶりに会って早々何だけど…とりあえず音合わせしてもらえる?」 頭を抱える凪くんの前髪の隙間からは綺麗な黒い瞳が見えた。 やっぱりカッコいい…っ! 僕は緊張してコクコクと頷くことしか出来なかった。 それからとりあえず弾いてみてと言われて、覚えたてのLinksの曲を弾いたんだけど…一通り終わると凪くんは眉間にシワを寄せて、スタジオの床にしゃがみこんで固まっていた。 やっぱり変だったかな? 実は自分でもしっくり来てない。 一応みなちゃんの弾いてた最低限のラインと音源からひろったライン(前のベースの人が弾いてたもの)から考えてみたんだけど、よくわからなくて。 でも自分で考えたオリジナルのラインはちょっと独特だから…弾くべきか迷っていた。 「あの…、凪くんのドラムだけで聴きたい。 いい?」 そう言うと少し驚きながらも分かったと呟き、準備するから待ってなと言ってくれた。 スタジオにあったパイプ椅子に座り、ドラムセットを準備する様子を見させてもらった。 どうしよう、手際よくドラムを調整する姿がすごーくカッコいい!! 動画を!せめて写真を撮りたいっ!! そんな思いを抱いているといつの間にか支度が終わったらしい…。 凪くんはドラムスティックをくるくると回しながら椅子に座った。 「じゃあさっきの曲、頭から流すから。 メロディー音流す?」 「大丈夫。ドラムだけで聴きたいから…」 そしたら何か分かる気がする…多分だけど。 タッタッというカウントから演奏が始まった。 初めて聴く凪くんの生ドラムソロ。 その迫力と身体の芯まで響く重低音。 正確なリズムと細かな拘り。 僕の心臓の鼓動なのか、凪くんのドラムの音なのか…その振動が、ひとつひとつ溶けて合わさるみたいで、思わず息をのんだ。 演奏する凪くんは綺麗で美しくて、カッコよくて… もうなんて言ったらいいのか分からない。 分かったのは多分…改めて恋に落ちた瞬間だったってことだけ。 どうしよう…!! 「…これでいい?」 一曲通しで叩いてもらって、まだバクバクする心臓を右手で押さえた。 深呼吸して、ベースを手に取る。 「んと、もう一回ベース弾くね?」 もう一度、先程の曲を。 先程のラインは一回置いておいて…。 今度は凪くんのドラムソロを思い出して、バイオリンの経験を活かすように、リズムや重低音だけに囚われず、メロディーラインとは別にまるで歌うように、伸びやかに。 凪くんは驚いた表情でこちらを眺めていたけど、僕の演奏に合わせて途中からドラムを叩き始めた。 2つの楽器が合わさって新たな音楽の世界が広がっていく…。 オケ演奏も参加したことがあるから他の楽器と合わせて演奏する楽しさは知っていたけど、クラシックのいわゆる楽譜通りに演奏する音楽とはまた違う、ある意味無限の可能性を含んだ一体感がとても心地よかった。 「お前…、なんなの?天才ってやつ?」 「違うよ。 えっと、凪くんのドラム好きだなって思って。僕、バイオリンも好きだけど、ベースも出来たらさ、凪くんの側にいてもいーい?」 「……はい?」 うん。 日本語って難しい。

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