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第36話

紅葉に浴衣を着せて、髪を乾かし、水を与えてから部屋に戻ると3人がテーブルにPCを出して何やら作業をしていた。 寝ると言っていたみなまで起きているのを見てまた何かトラブルかと聞くと… 「いや、明日のオープニングSEさ、セットリスト的にちょっと変えてみようかなぁといじり始めたらハマっちゃって~」 光輝が笑いながら答える。 手にはビールの入ったグラス… 「あ、これさっき凪のお父さんと弟さんが来て差し入れでもらっちゃった~! 凪の分冷蔵庫入れてあるよ?飲む?」 誠一も上機嫌でグラスを傾けている。 「飲むけど… え、何仕事増やしてんのー?」 音楽バカのメンバーに苦笑した。 「光輝くんそこ違うよ。 ってあれ?!もうこんな時間?! ヤバい。寝ないと… 紅葉も眠そうだね? ってか寝てる?」 うつらうつらしている紅葉をみなが寝る部屋に連れて行き、布団に寝かせる。 「私と一緒でいいの?」 「こっちまだ作業するし…、紅葉もう寝てるじゃん(笑) 布団一組移すから一緒に寝てやって。」 「…やけに上機嫌。 長いお風呂だったもんね?」 「あ、そーだ。鍵返してこねーと。 お前の布団ここな? おやすみ。」 ぱぱっと逃げて、貸し切り風呂の鍵を返して、光輝たちの作業に合流する。 俺も出したので軽く眠いけど、頭はスッキリしている。 「凪ー、長風呂だったねー!」 「うるせーよ。」 誠一にもからかわれて小突きながらPCへ向かった。 で、そのまま朝… SEはいい感じに完成したので、ドラムソロのSEも少し弄り、満足して、寝る前に厨房の手伝いに行くことにする。 「はよ。 手伝うけど、何やればいい?」 「珍しい! ミュージシャンは朝が苦手なんじゃなかった?」 義弟の良隆が驚いて声をかけてくる。 「朝ってか、まだ寝てねーよ。 杉さん、俺これやればいい?」 長年責任者を勤めている板前に声をかけて作業に入る。 きちんと調理に入るのは本当に久々になるが普段から自炊はしてるし、腕は鈍っていないはずだ…多分。 客数多いから量も多く、時間もないため厨房は戦場だがレシピ通りに仕上げていく。 懐かしい感覚は悪くなかった。 でも音楽を選んだ俺には今では眩しい世界に思えたのだった。 ~凪side End ~ 12/30 AM830 目が覚めた紅葉は寝ている間に乱れた浴衣を自力で直すことを諦めてパーカーとジーパンに着替えてロビーへと向かった。 キョロキョロと見渡すが凪が見当たらずしょんぼりしていた。 そこを早苗が通りかかり声をかけた。 「紅葉くん?おはよう、早起きね。」 早苗は朝早くからきちんと着物を着てきびきびと働いていた。 「凪くんママ!おはようございます! あのね、凪くんどこか分かる?」 「凪なら厨房の手伝いをしてくれてるの。 もう終わると思うけど…」 「そっか! あ、僕も何か手伝えることある?」 早苗は少し考えて、ロビーの端に紅葉を呼んだ。 「わわっ! おっきい金魚っ!!」 「ふふっ、錦鯉よ?」 「鯉? 鯉のぼりの? …キレイ!!」 「ごはんをあげてくれるかしら?」 そう言って餌を渡すと紅葉は嬉しそうに受け取って餌やりを始める。 餌を取り合うようにパクパクと口を開けながら群がる鯉に少し驚きながらも楽しそうな紅葉。 「よく眠れた?」 早苗が聞くとにこりと笑顔で返す紅葉。 「お外の見える温泉すごく気持ち良かった! 咳も出なくなったし…。お布団も温かかった!ありがとう!」 「良かったわ。 お腹は空いてる? 朝ごはん、お魚とか納豆は食べられるかしら?」 「納豆好きー! はっ、お魚って…?!」 紅葉はこの鯉を朝食に出すのかと青ざめる。 「鮭よ(笑) この子たちは大事な家族だから食べないわ。」 「良かった~!」 ほっと胸を撫で下ろす紅葉に思わず笑ってしまう早苗。 「凪はみんなと仲良く出来てるかしら? あの子…ちょっと口が悪いし、気難しいところがあるから迷惑かけてないか心配だわ…」 「…?凪くん、優しいよ。 いつもちゃんとみんなのこと考えてくれてるし…、美味しいごはんも作ってくれるし…、いっぱい元気の出ること言ってくれるよ。 大好きっ!」 紅葉の言葉に驚きながらも安心する早苗は優しい眼差しで紅葉を見ていた。 そこに小さな男の子を2人連れた外国人男性が慌てた様子でやってきて早苗に声をかけた。 日本語は「すみません、ごめんなさい」としか話せないらしく、早口の英語に早苗は戸惑いながらも丁寧に話を聞こうとしていた。 でも会話が難しいらしく、紅葉はすぐに間に入る。 英語からドイツ語に切り替えて父親から話を聞き、子どもにも何か話し掛けると早苗に通訳した。 「この子がオネショしちゃってお布団が汚れちゃったんだって。クリーニング代を払いたいって言ってるんだけど…。」 「まぁ! 具合が悪いとかはないかしら? お布団のことは気にしなくて大丈夫よ。 良かったらお風呂でキレイにしてあげて。 今替えの浴衣とタオルを持ってくるわ。」 早苗は身振り手振りで父親へ話しかけ大浴場を案内すると、浴衣とタオルを取りに走った。 紅葉は早苗が言った内容を通訳し、父親がこどもをお風呂に入れている間、もう一人の小さな男の子の相手をしていた。 早苗が戻ると浴衣とタオルを受け取り男湯へ行き父親に声をかけた。 キレイになってほっとした様子の男の子に優しく声をかけてハグをする。 父親とも握手をしてバイバイと手を振った。 「ありがとう、紅葉くん。 とっても助かったわ。 英会話、勉強してるけどまだまだで…もっと頑張らないとダメね。 本当にありがとう。」 「ドイツの人だったー! あのね、言葉が通じなくても凪くんママの優しい気持ちはちゃんとあの親子に伝わってたよー。 あの男の子も怒られるんじゃないかって不安そうにしてたけど、大きいお風呂を一人占め出来て嬉しかったんだって。 すごいね、やっぱり凪くんのママだね!!」 そんな風に言ってくれる紅葉をたまらず抱き締める早苗。 「えっと、何してんの? 息子が寝ずに働いてんのに…」 凪が二人を見付けて声をかける。 さすがに眠そうだ。 「凪くん!おはよう! お手伝いお疲れ様。眠い? 僕ね、鯉にごはんあげてたー! 凪くんのママが僕にも朝ごはんくれるって。」 「お友達も起きてる? すぐ用意するわね。」 デザートもつけちゃう!と言う早苗に紅葉は嬉しそうだ。 「みなは起きてる。 食うか知らないけど、残してもこいつが食うから… 紅葉、みなと一緒に食っておいで。 俺は寝るけど…。もー、正月料理の仕込みまでやらされてくたくた…。」 「OK! あとで起こしに行くね。」 二人の何気ないやり取りを見守る早苗は何かを感じながらも何も言わず、紅葉に食事をする部屋を案内した。

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