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第37話
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お疲れの凪をギリギリまで寝かせておいて、光輝は一足早くLIVEHouseに向けて出発の準備をしていた。
そこに早苗がやってきて、凪を起こさないように部屋の入口で話をする。
「光輝くん!
お願い、今日も泊まっていって!」
「えっと…、でも流石にご迷惑なので…。
今日はLIVEで帰りも遅くなりますし…!」
昨日も2泊するよう言ってくれたのだが、光輝が菓子折りと一緒に宿泊代を渡そうとしたところ早苗は「息子がお友達連れて遊びにきてくれたのにお金なんてもらえないわ。」と言って受け取ってくれなかったのだ。
2泊は流石に…と思い、LIVEが終わったら強行スケジュールだが、そのまま帰京しようと思っていたのだが…。
早苗は光輝の両手を握って「お願い!明日もあの子たちを貸して!」と懇願した。
「はい?」
聞くと、朝食後にロビーでカバーのかかったグランドピアノを見付けたみなが、早苗に弾いてもいいかと聞き、紅葉もバイオリンを持ってきて生演奏を始めたところ、宿泊客たちに大変好評で。
朝食を食べ終わった人たちや、チェックアウトの手続きをする人たちが聞き入っているのだと言う。噂を聞き付けた近所の人たちも集まっていてロビーは演奏会状態…。
二人はいつも通り、練習の延長で二時間ほど演奏していると言う。
「さっき後援会の方が年末の挨拶に見えて、今日からお泊まりになるお知り合いがクラシック大好きだから是非2人に演奏して欲しいとおっしゃるのよ。
みなちゃんと紅葉くんはいいって言ってくれてるんだけど、移動のことがあるから光輝くんに聞いてって。ダメかしら?」
「えっと…。スケジュールは空いてますが…」
「じゃあお願い!
お食事もみんなの分用意するし、
なんならこっちで年越ししてもいいのよ?
そうそう!誠一くんが書道が得意って言うからさっき玄関に飾るお正月の挨拶分を書いてもらったんだけど、本当に達筆でスタッフにも好評で、他にも書いてもらいたいの。
あと、ロビーにバンドのサイン入りのポスターとCDを飾ってくれる?」
「…はい、分かりました。すぐに行きますね。」
仕事の早い早苗に圧倒されながらも光輝は言われた通りに準備を始める。
ロビーに行くと、みなと紅葉が楽しそうに演奏をしていた。
クラシックでも退屈しないよう、有名な曲のアレンジやこどもを見かければディズニーの曲を弾いたり、お年寄りも多いので大河ドラマの主題歌 などを取り込んでいた。
誠一はスマホで2人を撮影しながら常連客らしいご婦人の話し相手をしていて、光輝を見付けるとCDを見せて売り込んでいた。
ホストさながらの営業に苦笑する。
光輝もあっという間にご婦人たちに囲まれて質問攻撃を受けることとなった。
しばらく相手をしていたが、時間が気になりだし、光輝はみなたちにあと10分ほどで切り上げるように告げた。
「最後何にしよー?」
みなが紅葉に言うと、
「9番…」
「ベートーベン?
クロイチェルー?
弾けるのー?」
「ここで弾けなきゃコンクールでも弾けない気がする…。」
「分かった。楽譜iPadで見る…。
誠ちゃん録画お願いね!」
難易度Sランクの曲を弾く2人。
ピアノのバイオリンのおいかけっこのような掛け合いが特長の曲。アップテンポでソナタだが、退屈せずに聴ける曲だ。
みなと紅葉は時折顔を見合わせて、アイコンタクトでタイミングをとりながら曲を奏でていく。難しさ故にミスしそうになるとお互いに苦笑し、本当に楽しそうに演奏し、周りも皆引き込まれるように2人を見守った。
「楽しかったー!
やっぱりコンクールみなちゃんと出たいな。」
「えー、やだよ。
あ、録画どう?あとで凪にも見せないとね。」
「バッチリだよ。
僕と光輝で運転するし、休んでてね。」
誠一はそう言ってハンドルを握った。
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大阪に入り、ようやく覚醒した凪に今夜も凪の実家に泊まると説明すると「えー?!帰ってゆっくりしてーのに…」と不満そうな声をもらした。
紅葉がオロオロと「先に帰る…?」と聞くと「お前と一緒に帰らなきゃ意味ないだろ?」と笑った。
会場に付き、スタッフに挨拶する。
機材を準備、確認し、リハーサル。
「なんかカッコ良くなってる!
凪くんのドラムソロのとこも~!」
紅葉は興奮した様子だった。
定刻通り開場、開演し、LIVEはファイナルの盛り上がりを見せた。
紅葉も加入したての頃は直立不動だったのが、今では飛び回ったり、走ったり、ひらひらと回ったり、パフォーマンスも出来るようになった。
MC 中、ごそごそと座り込んで何かをする紅葉にみなが突っ込む。
「喋ってんだけど!マイペースに何してんの?!」
一度立ち上がり、マイクに向かって答える紅葉。
「…靴が脱げちゃったの。うまく履けない…」
「何で脱げるの…?
あと、ベースを一回置けばいいと思うよ?」
言われてハッと気付いた紅葉はスタッフにベースを預けてブーツを履くが、今度は紐がうまく結べないらしい。
「凪王子、出番じゃない?」
「いや。王子とかキャラじゃないんだけど… 」
うまく逃げようとするが、会場からも煽られて、凪は仕方なくドラムセットから抜け出して紅葉のもとに跪いた。
「大丈夫ですか、姫。
これ結ぶの逆っすよ…。」
こんがらがった靴紐を丁寧に結んであげる凪。
会場からはキャーキャー悲鳴が聞こえ。
みなは放置を決めたのか、ステージの端に座って飲み物を飲みながら寛いでいる。
誠一と光輝もそれに習う。
凪はもうノリで過ごすことにしたらしく、紅葉の手をとって立ち上がらせ、手の甲にキスした。
一際大きな悲鳴が会場を包み、紅葉はリアルに照れて顔を両手で覆いながらもマイクを向けられると
「凪くんが~、カッコ良すぎてツラい…!」とデレデレな様子を見せた。
「はいっ!
今日はここまで!
告知いきますー。
年明けは…」
光輝が切り替えて告知を行い、その後の演奏、アンコールもとても盛り上がった。
様々なトラブルがあった大阪ファイナルだったが、無事に終わり、みんなで軽く打ち上げをして(運転するのでノンアルコール)凪の実家へ戻る。
流石に疲れたのか、みんなお風呂やシャワーを済ませるとすぐに眠りについた。
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