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第43話

1/1 2200 「ただいまー! って、みなちゃん?!大丈夫?!」 ピアノにもたれるように眠っていたみなを見付けた紅葉は慌てて彼女に駆け寄る。 「あれ…?寝てた。 しまった、また曲作りに集中し過ぎて1日過ぎてる…。」 「大丈夫ー? 今日ごはん食べた?」 「ごはん? あ、忘れてた…。今何時?」 「22時だよ。 凪くんがローストビーフくれたけど食べる…?」 「えー、どうしよ。時間過ぎてるけど…ちょっと摘まむ。」 2人でダイニングテーブルに座って、みなは切り口の断面も見事な出来映えのローストビーフを食べた。 「相変わらず旨いね…。 紅葉は本当いい男掴まえたよねー。」 「ふふっ。」 幸せそうに笑う紅葉をみて、みなも安心する。 「で?…どーだった?」 意図を汲み取り赤面しながらも口を閉ざす紅葉。 「…言わないー。秘密!」 「…そこ、キスマーク見えてるよ?」 「嘘っ?!見えるとこしないって言ったよ?」 指差された首もとを押さえながら動揺する紅葉にくすりと笑うみな。 「…騙したぁー!」 詳細は話さずだが、簡単に報告し、また赤面する。 「えー…。『初めてあげたんだから責任とって結婚して!』みたいな?紅葉、それ重いよ…。」 「えっ?! 違うと思うけど…。 えっ、そーいうことなのかな? 重い……?」 しょんぼりする紅葉だったが、凪からの電話で復活し、元気を取り戻すのだった。 翌日からはコンクールに向けてレッスンと練習の日々。 みなにも伴奏を手伝ってもらって家でも弾き込むが、どうも満足のいく仕上がりにならないらしく、紅葉は焦りを感じていた。 「普通このレベルの曲を高校生に弾かせるかなぁー?私ならランク下げて出来栄え点上がるように仕上げるけどなぁ。」 「僕もそーしたかった…。 でも挑戦しないと始まらないって先生が言うし…。正直、学校のピアノの子と演奏するよりみなちゃんとの方が合ってるって思う…。 あと、今より年末に凪くんのお家で弾いた時のが下手だけど、良かったなぁ。」 「なるほど…。 うーん。言いたいことは分かるけど…、紅葉は本当に頑張ってるから正当に評価してもらうべきだよ。 ちょっと一回リフレッシュしておいで。」 1/7 19:20 そう言われて、レッスン後に少しだけ凪とデート。 誕生日に2人で行ったドイツ料理のお店でオーナー夫妻と和やかに話ながら夕食を楽しむ。 またデザートをご馳走になり、紅葉はお礼にもし良ければとコンクールのチケットを渡した。 凪も先ほど受け取っていて、応援にいく約束をしたところだ。 20:30 「この後どーする?」 食事を終えた車の中で聞く凪に紅葉は凪くんのお家行きたいと答える。 「じゃあ少しドライブしてからな。」 そう言ってハンドルを握る凪。 しばらくは夜景を眺めていた紅葉だったが、気付くと眠っていた。 疲れが滲む横顔はまだ幼さが残っている。 頑張り過ぎな恋人の頭を撫でて、凪はもう少しドライブを続けることにした。 21:30 夜景の見える公園の片隅に車を停めた凪は紅葉の肩を揺する。 「紅葉、紅葉っ!」 「んん?…あれ?」 「良く眠っていたな。 さっきからスマホ鳴ってる。」 「わぁっ!ごめんなさい、デート中に…。」 「別にいいよ。電話、出ないのか?」 「出る…。もしもし?あれ?珊瑚?」 紅葉はドイツ語で何やらやり取りをして、少し興奮気味に通話を終える。 スマホを持ったまま固まる紅葉に大丈夫かと声をかける凪。 「んと…。珊瑚…双子の兄弟なんだけど。珊瑚が、動画送ってくれるって! お父さんとお母さんの! お父さんのお友達のところで見付けたって!」 「マジか…! データくるのPC?持ってきてる?」 レッスンでPCを使用するためそのまま持ち歩いていたのだ。 紅葉は急いで鞄から取り出し、メールを開く。 「なんか恐い…。凪くん一緒に見て?」 助手席から左腕を掴まれた凪は頷き、広い後部座席に移動する。 紅葉と肩を並べて座り、手を繋ぎ動画を再生する。 古い映像だから画質も音質もあまり良くないが、若い男女が芝生の広場で楽しそうにバイオリンとチェロを演奏している。 母親らしき女性の方はみなと紅葉に良く似ていて、父親らしき男性もとても優しそうで穏やかな表情だった。 時折見詰め合って微笑みながら演奏をする彼らはとても幸せそうだ。 「お母さん…っ!」 声を詰まらせる紅葉は画面に手を伸ばして両親に触れた。 凪は紅葉が気のすむまで動画を再生してやり、落ち着くまでずっと抱き締めていた。 22:30 一応門限は22時と約束していたが、動画の件があったため少しオーバーして紅葉を送る。 「凪くん、今日はごめんなさい。 せっかくのデートなのに寝たり泣いたりして…」 「気にしなくていいって。 紅葉と一緒にいられて良かった。 動画、良かったな。」 「うん…。ありがとう。 一人だったらパニックになってたかもしれないし…凪くんがいてくれて、ぎゅってしてくれたの嬉しかった。」 「帰ったらみなにも見せてやりな?」 「そうする。」 「じゃあまた。 おやすみ。」 「待って!…キスだけでもしたいっ。」 「ん、」 シートベルトをはずして紅葉の肩を抱いた凪はゆっくり唇を重ねた。 「んっ、ふ…っ!」 「止まんなくなるからもうおしまい。」 「や、もっと。」 「また今度な。外だし。 暖かくして寝な? おやすみ。」 「約束ね? …おやすみなさい。」 そう言って車を降りた紅葉は凪の車が見えなくなるまで手を振り続けた。

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