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第58話

2/27 紅葉の卒業公演も無事に終わり、卒業試験もなんとかギリギリでパスしたらしい…。 正確には課題が追加で何個か出ていて、コツコツ頑張っているところだ。 あとは卒業式を待つだけになったので、同棲生活に必用な物を2人で買い揃えたり、凪は物置にしていた一部屋を紅葉の部屋にするために片付けをしていた。 まぁ、寝室もクローゼットも凪の部屋で一緒なのだが、学校の勉強などで部屋は必用かと思い一通り揃える予定だ。 「卒業旅行とか行かねーの?」 「…行ってもいい?日帰りなんだけど…。」 遠慮がちに聞く紅葉にもちろんと答える凪。 行き先を聞けばイチゴ狩りだと言われた。 「遊園地とかじゃねーの?」 「遊園地は仲良しのグループで行く子が多いから…クラスではイチゴ狩り!楽しみ~!」 そんな話をしながら、買い物帰りの道を2人並んで歩く。 車をメンテナンスに出しているので今日は歩きだ。比較的暖かいので、運動がてら昔ながらの商店街へ足をのばしたのだ。 住宅街を歩いていると引っ切り無しに犬の鳴き声がして、耳を傾けると人だかりが出来ていた。 「何だろう…?」 気になって近付いてみれば、古びた一軒家の庭に繋がれた大きな犬が威嚇するように吠え続けている。 泥だらけの身体は痩せていて、家の中には人の気配は無さそうだ。 「どーしたの?」 紅葉がおばさんにたずねると夜逃げで犬を置いていったみたいだと告げられる。 今は警察と保健所の到着を待っているらしい。 「よにげ…?」 日本語の意味が分からなかった紅葉に何か事情があって犬を置いて飼い主だけ引っ越したのだと教えると驚きの声をあげた。 「ヒドイ! ずっと外にいたの? ご飯は? ごめんね、寂しかったね。寒いよね。」 買い物袋を置いて犬に近付いていく紅葉。 噛まれたりしたら危ないと止める周りの静止も聞かずに犬の前にしゃがみこんで手を伸ばす。 「紅葉っ!」 もし手を噛まれたらと凪も慌てて止める。 「おいで。もう大丈夫だよ。」 紅葉がそう言うと、吠えるのをやめた犬は大人しく紅葉の前に座って差し出した手を舐めた。 そっと背中に触れるとそのまま座ってじっとしている。 「ふふ、可愛い。」 どうやら凪の恋人は人間だけじゃなく動物にも懐かれやすいらしい。 その後、警察と保健所がきて近付こうとすると再び吠えて怯える犬に紅葉が寄り添う。 「この子どこに連れて行くの? 保健所?…僕そこ知ってるよ。 飼い主見つからなかったら…殺処分するんでしょ? ダメダメっ!! 絶対ダメーっ!!」 服が汚れることも気にせず犬にしがみついて離れない紅葉。 君が飼えるの?と聞かれ凪を見つめる紅葉…。 「うちペット禁止なんだけど…」 「じゃあ捨てるの…?」 涙目で訴えられてどうにも出来なくなる凪。 埒があかないので一先ず落とし物として警察で手続きだけして、動物病院へ連れていくことにする。 痩せているので病気等の検査と今後の相談だ。病気代はちゃんと払う、新しい飼い主が見つかるまでなんとか面倒見ると約束し、野次馬のおばちゃんに聞いた評判の動物病院へ連れていく。 凪は買い物した荷物を自宅に持ち帰って冷蔵庫へしまった。 「冬で助かった。あと冷凍買わなくて良かった。しかしどーすっかな。」 紅葉の待つ動物病院へ戻ると診察は終わっていて栄養失調とずっと繋がれていたので筋力の低下を言われたが、大きな病気はないらしい。 2歳くらいの雄、犬種はゴールデンレトリバーらしい。 病院の隣がペットサロン&ホテルになっていて(家族経営で父が病院、娘がサロン&ホテル担当らしい)、キレイに洗ってもらうと、なるほど、薄汚れていて分からなかったが、綺麗なベージュ色は確かにテレビなどで見たことのある犬だった。 ノミダニの薬を貰い、近いうちに予防接種も受けるように言われる。 とりあえずこれから大家に交渉してみてダメなら今日からホテルに預けたいと頼み、診察代と薬代にシャンプー代もろもろを払うとその金額に震える凪。 それなりの稼ぎも貯金もあるので払えなくないが、動物とはこんなにもお金がかかるのだとビックリする。 「いくらだった? 僕今はあんまり持ってないけど、ちゃんと払うよ。一人で銀行行けるようになったから!!」 さすがに5つ年下の恋人に払わせる金額じゃないので凪は断る。 ピアスのプレゼントは別にして、紅葉はブランド物などねだるタイプではないのでそれに比べたら可愛い出費だ。 それでも気にする紅葉に凪は 「大家のじいさん説得するのお前の役目だからな!」 「僕が飼ってもいいの?」 「俺動物飼ったことないからなんとも言えないけど、そいつ紅葉がいないとダメっぽいし…。…餌代は自分で払ってね。」 「わぁーっ!! 凪くんっ!! ありがとうっ! 大好きー!!」 ペットサロンの入口で紅葉に抱き付かれて困惑する凪。 スタッフに微笑ましく見送られて家を目指す。 犬は大人しく紅葉についてきて、吠えることもリードを引っ張ることもない。 問題の大家のじいさんは… 「紅葉。どーした、その犬っころ…」 「置いてかれてたの拾ったんだー。 ここで飼ってもいい?」 さすがに無言になる大家。 「…ガレージで飼うのか?」 「ずっと外に繋がれていたの。 可哀想だからお家の中に入れたい。 でも…どうしてもダメなら僕も今日からガレージで寝るよ。」 凪もぎょっとするセリフは恐らく本気なのだろう…。しばらく考えこんだ大家は不安そうな紅葉の頭をポンと撫でた。 「拾ったもんは最期まで責任もって面倒みないといかん!」 「うんっ!」 「犬っころと遊んでばかりいないで、ちゃんと勉強も練習もするんだぞ。」 「分かったっ! ありがとうございますっ!!」 大家にハグをした紅葉は満面の笑みで犬の頭を撫でた。 「良かったね。 今日からずっと一緒だよー!」 「あ、えっと… 家賃の値上げとかって…」 「そんなもんはいらんっ!」 「はぁ…そうっすか。 ありがとうございます…。」 「おじいちゃん、この子名前何にしよー? 昔の日本っぽいのがいい!」 「犬はみんなポチかタロだ。」 「えー、違うよ。 時代劇に出てくるようなカッコいいやつがいい!」 「それなら平九郎だな。」 「それだっ!」 犬の名前は決まったらしい。 ゴールデンレトリーバーの名前が平九郎? 妙な違和感はあるが、紅葉が嬉しそうなのでまぁ良いかと思った凪だった。

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