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第70話
帰りがてら先日とはまた別の牧場に寄って平九郎を散歩させる。
「今日って土曜? あ、春休み入ったのか…?」
人通りの多さに顔をしかめながらもウキウキと歩いていく紅葉の後を追う凪と平九郎。
「お馬さん?ひつじさん?
あ!ラクダさん!」
「…アルパカだろ?」
「アルパカさん!」
「そいつツバ吐くから気をつけろって書いてるぞ。」
「え?そうなの?」
振り向くと、アルパカに服を噛まれている紅葉…
「わわっ!食べられたーっ!(笑)」
凪は相変わらず飽きないやつだなと笑いながら助けに入った。
「あのっ!
Linksの凪くん?ですかっ?」
「あ…?
…そーだけど?」
「やっぱり!
似てるなって見てたんですー!
こんなところで何してるんですか?
彼女さんとデート?」
「んー…散歩?」
『デート』だけど、『彼女』ではないのでテキトーに誤魔化す。
土産を見に行った紅葉が戻る前に切り抜けたいと願う凪だが、ファンらしい2人組の女の子は凪の連れている平九郎に食い付いている。
「可愛いー!
触っていいですか?」
「名前なんて言うんですか?」
平九郎も若い女子にチヤホヤされて嬉しいのかブンブン尻尾を振っている。
「写真っていいですか?」
「プライベートだから握手でいい?
こいつだけなら写真もいーよ。」
キャーキャー言われながら平九郎にファンの子たちの相手をさせていると、紅葉が土産を手に戻ってきた。
「凪くん何してるの?
あのね、ぬいぐるみなかった。みなちゃんの誕生日プレゼントにしようと思ったのに…。
この子はあったから買ったよ!アルパカちゃん!」
「…それひつじだろ?首短い。
何で見てない動物ばっかり買うんだよ(笑)」
「えっ、これひつじ?
…まぁ、いっか!可愛いから。」
「うっそ! 紅葉くんだぁー!! 可愛い…っ!!
すごいっ!リアルBL?!」
「リアルだぁ!
ってか、凪くんてあんなに笑うんだねー!」
盛り上がる2人を見て紅葉は首を傾げた。
「…だぁれ?」
「ファンの子らしいよ。」
「そうなの? こんにちは。」
「こんにちは! お邪魔しちゃってごめんなさい! すっごい応援してます! 頑張って下さいっ!」
「ありがとう! 頑張るねっ!」
笑顔を見せる紅葉に可愛い、睫毛長いー!などと騒ぎ出す女の子たち。
紅葉は凪に視線を送る。
「ん? …もう帰る?」
「うん。 向こうで牛乳買ってから帰ろ?」
「了解。
じゃあ、これで。
…楽しんでね。」
「ありがとうございました!
凪くんと紅葉くんも気をつけて帰って下さい! またLIVE見に行きます!」
手を振る2人を背に平九郎を挟んで2人で駐車場へ向かう。
「凪くんが取られちゃうかと思った…!」
「何? 普通にファンの子だったじゃん。
一番モテてたのは平九郎だな。」
だいぶ人懐こさを取り戻した平九郎は牧場内でもいろんな人たちに愛想を振り撒いて可愛いと言ってもらっていた。
「でも、可愛い子たちだったから…!
やっぱりああいうの見るといつか女の子のとこに行っちゃうんじゃないかって考えちゃう…。」
「…俺だって、お前が大学行ったら他の男に惚れるんじゃないかって心配になるよ。」
「えー? それはないよ。」
「俺もないよ。」
「本当?」
「今のところ紅葉くんだけで手いっぱいですよ。
そんなに不安なら恋人らしいことしようか。」
「 い、今?」
「あ、ヤラシーこと考えた?(笑)
違うって。
2人で写真撮ろうよ。
キスでもして撮る?」
「えっ?!」
「はい、こっち寄って。
ほら、目瞑らないの?」
顎を持ち上げられて、顔を寄せられると反射的に目を瞑る紅葉。
「ん…っ!!」
唇が重なって、凪のスマホのシャッター音が響いた。
「…ほら。
どう…?
けっこうよく撮れてる。」
画像を確認すると目を閉じた2人の横顔と重なる唇の写真。背景は車の窓ガラス越しだが、なんとなく牧場の入口が写っていてなかなか良い記念写真となっていた。
「わぁーっ!
恥ずかしい…っ!けど、嬉しいかも。
僕、キスする時こんな顔してるの?」
「そうだな。可愛い顔ー。
送る?」
「うん…。宝物にする。」
「宝箱に鍵かけといてね。」
「ふふっ。分かった。」
「あのさ…付き合いたてだし、紅葉は俺が初めての恋人な訳で…不安になる気持ちも分かる。
男同士ってまだ日本では偏見も多いから、バンドもあるし、付き合ってることを公表するとかは難しいと思う…。
けど、俺自身は紅葉との関係聞かれたら否定するつもりないから。
この前みたいに翔くんとか、信頼出来る人には紹介するし、必用なら紅葉の家族に挨拶とか…って言ってもドイツ語も英語も喋れないけど…電話とかでなんとか挨拶するし。
ゆくゆくは俺の家族にもちゃんと話すつもりでいるよ。」
「凪くん…っ!
いいの?」
「同棲までするんだからそれなりの覚悟だってこと。ってか、結局引っ越してすぐ合宿行ったから同棲生活もこれからじゃん?
2人で楽しいこといっぱいしよう。」
「うん!! 早くお家に帰りたい。
平九郎も一緒に3人でのんびりしよう。
僕、晩ごはん作るよ!」
「紅葉が作れるのカレーか鍋かうどんだろ?(笑)野菜途中で買って、肉冷凍あるから…鍋だな。〆にうどんにしよう。
俺も家が一番いい。
なー、帰ったら新婚さんごっこでもする?(笑)」
「何それ? 日本の文化? どーやるの?」
「ぷはっ。 んー、昔風に言うと『男のロマン』ってやつ。帰ったら教えてやるよ…。」
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