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第76話
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都内で桜の撮影を続けていた珊瑚がいきなり明日出ていくと言い出した。
「えっ?!
今月中はこっちにいるって言ったじゃん!!
まだこっちの桜咲いてるよ?
なんでそんな急に…っ!! やだよ。」
紅葉がパニックになって引き止める。
顔を合わせれば喧嘩ばかりしているが、会えなくなるのは寂しいらしい。
「翔んとこのバンドがツアーで北上するって言うから、同乗させてもらうことにした。
金いらねーって言うし、明日移動日らしいから行く。
撮れるとこまで撮って、そのままカナダ行くわ。」
「~っ!!やだよ…。
お金なら出すから、せめて一回戻ってきて!」
「スケジュール的に厳しいと思う…。
お前もイベントLIVEあるって言ってたじゃん。
俺もカナダには有名な写真家の弟子入りっていうか、弟子入りのオーディションみたいな?急遽決まったからズラせない。
ごめんな?」
「珊瑚…っ!!
もー、いつも勝手なんだから!!
次いつ会えるか分からないのに~!!」
びーびー泣く紅葉を宥めながら凪はため息をついた。
「紅葉、仕方ないじゃん。
珊瑚のこと応援するんだろ?
…よしっ! 今夜は好きなもん食わせてやるよ!何にする?寿司でも食いに行くか?」
「えー、凪の作ったやつがいい。
あー、なんだっけ?
そーだ! 肉じゃがっ!!」
紅葉にも評判の肉じゃがをリクエストされる。
「お前ら、安上がりだね~(苦笑)」
珊瑚と紅葉がバイオリンを弾きながら遊んでいる間に買い物へ行き、いつもよりちょっと良い肉と奮発して刺身も購入する凪。
夕食は肉じゃがに刺身の盛り合わせ、鶏の唐揚げと白米、わかめの味噌汁もプラスして、豪華な食卓に2人は大盛り上がり。
平九郎にも鶏肉と刺身を茹でて与えた。
食後、珍しく日本茶を入れて雑談をしていると、珊瑚が忘れてた!と言い出した。
「紅葉、
ちょっと一走りアレルギーの薬買ってきて?」
「えっ?!今からー?」
「明日の朝の分がない。
俺、日本の花粉のせいでいい写真が撮れない…。」
どうやら日本にきて花粉症になってしまった珊瑚はくしゃみのせいでシャッターをきるタイミングがうまく行かず、イライラしているらしい…。
「さっき凪くんがお買い物に行く時に頼めば良かったのにぃー!自分で行けばー?」
「俺これから荷造りしないと。
いーじゃん。自転車ならすぐだし。
お前の好きな抹茶のキットカットも買っていいから。」
「本当に? 任せて!!」
お安い紅葉は2つ返事で財布を受け取ると数日前に届いたばかりの通学用の自転車に乗ってドラッグストアへ走っていった。
残された凪は後片付けをしながらその姿を見送る。
「…明日、朝早く出るから。」
珊瑚の言葉にあれ?と思う凪。
「…さっき昼前って言ってなかったか?」
「見送られるの苦手なんだよね。
あいつ絶対泣くし…(苦笑)
今のうちに凪の鍵借りていい?
ポスト入れとくから。」
どうやら薬は口実だったらしい。
少し照れくさそうに笑う珊瑚に驚く凪…。
「いーけど…。
それはそれで紅葉が泣くぞ?」
「…凪もこいつ(平九郎)もいるじゃん。」
珊瑚に家鍵を渡した凪はもしかしてと思い、切り出した。寂しげに俯く横顔は紅葉と同じだった。
「お前っ! さては今までの全部演技だろっ!」
どうやら自分の評価や印象を犠牲にしてまで紅葉の恋人やバンドメンバーの人間性を確認していた珊瑚。
みなや紅葉から話は聞いていただろうが、自分の目で確かめたかったのだろう。
いつも軽口を叩くが根はものすごく真面目なのかもしれないと凪は思った。
「…紅葉の恋人がノンケだって分かった時はビックリしたけど、凪はこっちの誘いにも乗らないし、スゲーまともそうだし、料理も出来るし…あいつのこと大事にしてるっぽいし。
バンド仲間も偏見なさそうだよな。
LIVE見れなかったのは残念だけど、家で凪とバンドの練習してる時の紅葉…バイオリン弾いてる時とはまた違うっていうか…すごい楽しそうだから安心した。
あいつ、ちょっと…頭と心の成長がゆっくりだから手がかかるけどよろしく頼むね。
あと、あいつの貞操17年間見張ってやったの俺だから感謝するように!!(笑)」
「ほんとっ…あまのじゃくだな…(苦笑)
お前、そんなんじゃ自分の幸せ逃すぞ?」
「俺はいーよ…。
こんな性格だし…
っていうか、マジでここ2~3年が勝負だから気合い入れないとだし。」
「…本気で困った時はちゃんと連絡しろよ?」
「ははっ。了解ー!
まぁ、旨い物食わせてもらって栄養溜め込めたし、今後も自分の食い扶持ぐらいは自分で稼ぐよ。」
世話になったねー!と明るく告げた珊瑚は荷造りもだいたい終わっているらしくシャワーを浴びにバスルームへ向かった。
入れ替わるように紅葉が帰宅して、珊瑚は風呂だと告げると自分の財布からコンビニで卸してきたという札を何枚か取り出して珊瑚の財布に入れている。
「珊瑚のことだから…絶対明日バイバイ言わないで出て行っちゃうから…!」
お互いのことをよく分かっているようだ。
凪は引き出しから封筒を探して紅葉に差し出した。
「それじゃあすぐ気付かれる…。
1枚だけ足して、残りはこっち(封筒)…
鞄の内ポケットとかに入れておいで。」
凪は「これも足して」と自分の財布から一万円札を抜いて紅葉に渡す。
「凪くん?!でも…!!」
「いーから。
早くしないと、あいつ風呂早いからもう上がるぞ。」
紅葉は急いで階段を駆け上がった。
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