80 / 144

第80話

朝から張り切り過ぎた紅葉はホテルに向かうタクシーの中で凪の肩に頭を預けてうたた寝を始めた。 凪は苦笑しながらもそのまま寝かせて、鞄とジャケットの陰で繋いだままの手をそっと握った。 「ほら紅葉…、着いたぞ。」 「ん、ふぇっ?」 寝惚けたままの紅葉とタクシーを降りて、とりあえずチェックインを済ませる。 「具合悪いならこのまま部屋で休む?」 凪が心配して聞くが、大丈夫と笑顔で答えた紅葉は部屋に入ると豪華な室内に目を輝かせた。 「うわ、スゲーな…。」 凪も思わずそう呟く程、広々としたキレイな部屋に喜ぶ2人。 荷物(と言っても最低限の着替えやスマホの充電器などが入った小さな鞄1つだが)を置いて街へ出ることにする。 有難いことに最近はメディアへの露出も増えて、プライベートでも声をかけられることが多いので、凪はサングラスをかけて、紅葉は帽子を深めに被って対策をする。 誠一に教えてもらった新しくOPENしたというプラネタリウムを見ることに… カップル席はリクライニングシートに座れるようになっていて、凪はそこにしようと言うと、男同士でも大丈夫かな?と心配する紅葉をよそにサクサクと発券機でチケットを購入した。 人の目を避けるように開始ギリギリになって席に着く2人…。 「カップルばっかりだねー。」 「そりゃあカップル席だからね?(笑) ってか、俺らもカップルでしょ? 金払ったんだし、堂々と座ろう。」 そう言うと、暗くなった席で凪は紅葉と手を繋いだ。 「うん…!」 バンドのためにスキャンダルを避けるべきなのは理解出来る。でもなんで同性のカップルというだけでこんなに人の目を気にする必要があるのかという疑問を抱きつつも、映し出された満天の星空を見上げた。 途中睡魔に襲われながらもなんとか上映を見終わった2人はゆっくりと歩きながらホテルに戻ってレストランで夕食をとることにする。 夜景が売りのレストランだが、紅葉は奥の個室を選んでくれたらしい。 「お星さまはさっき見たし、夜景はお部屋からも見えるからここでもいい?」 「もちろん。 紅葉にしては随分奮発したね。」 食事はイタリアンのコースに誕生日だからと甘いものがあまり得意ではない凪に合わせてケーキではなくシャンパンをサプライズでプレゼントした紅葉。 2人で乾杯だけして、紅葉はノンアルコールに切り替える。 「いつも凪くん美味しいご飯作ってくれるから、たまには贅沢してもいいよね!」 「ありがとう。 これ、すごい旨い。ソース何だろう…。 あ、ってか紅葉、食欲大丈夫?」 「うん。もう大丈夫ー。 パスタもちもちしてて美味しいねー!」 デザートのティラミスは紅葉に自分の分を半分あげて、本格的なエスプレッソを楽しむ凪。 部屋に戻って、夜景を眺めたり、みなから届いた平九郎の写真を見ていると、客室係りが先ほどのシャンパンを部屋に届けにきてくれた。 誠一ほどアルコールに強くないので、凪は冷蔵庫へ入れて明日持ち帰ることに決めたらしい。 「今日はもう飲まないのー?」 紅葉が聞くと 「あんまり飲んじゃうと…ね? これからだもんね?」 凪が含みを持たせて告げると、紅葉はあわあわしながら自分の鞄を漁っている。 どうやらプレゼントを渡したいらしい。 凪はその前にと紅葉を呼び、後ろ手に隠していた小さめの花束を渡した。 先ほどのシャンパンと一緒にこっそり持ってきてもらっていた物で、突然目の前に現れた鮮やかな赤い薔薇の花束に驚く紅葉。 「え、な、に…っ?」 「一応…付き合って半年の記念。 毎月祝うほどマメじゃなくて悪いね…。 でも1年だとお前の誕生日になっちゃうし、せっかくだから…。 まぁ、紅葉が風邪ひいてたから記念日の10日からはちょっと過ぎてるんだけどな…(苦笑) 付き合ってくれてありがと。 これからもよろしく、ってことで。」 凪が照れ臭そうに早口でそう告げると、紅葉の大きな瞳からはポロポロと涙が溢れ、両手で顔を覆ってしまった。 「…泣かせるつもりじゃなかったんだけど…!(苦笑)」 「だって…! こんなの嬉しすぎるよぉ…っ!ずるい…。」 「ずるいって…(苦笑) ほら、受け取らないの?」 ぎゅっと花束を握りしめる紅葉に「ちょっ!薔薇のトゲが刺さる!」と焦る凪。 慌てて力を緩めた紅葉と笑い合ってキスをした。 「僕の方こそ付き合って…僕のことを好きになってくれて本当にありがとう。 凪くんと一緒にいられて毎日すごく幸せ…。 記念日も…ありがとう。お花…すごい嬉しい。本当は僕も気のきいたことしなきゃなのに…いつもしてもらってばかりでごめんね。 なんかもう胸がいっぱいで…、上手に言葉が出ないんだけど…。 僕…凪くんのことが大好きです…!これからもずっと僕と一緒にいて下さい。」 「…喜んで。」 凪は一言そう答えると紅葉を抱き締めた。

ともだちにシェアしよう!