90 / 144
第90話
5/20 1520
「凪さん…、最近しゃちょーなんかあったんスかね?」
「え?光輝? なんかって?」
「妙に機嫌が良くて、俺たちスタッフにもスゲー優しいんですよ…。気前良くけっこーいい値のランチとか奢ってくれたり…
いつもは鬼の形相で次々指示が入ってミスれば怒鳴られるのに…!もうずっと笑顔で…!
仕事はフツーに投げてくるんスけど…誰も怒られてなくて、逆に俺なんかミスしたっけ?って不安になるんですけど…!
しゃちょーに限ってないとは思うけど!…変なクスリとかやってないですよね?!」
「それはない。」
「ですよね!あの人バンドマンにしては真面目過ぎますもんね!」
移動中の車の中で、スタッフにそんな相談された凪は返答に詰まった。
先日、婚姻届の証人のサインを求められた。思わず偽造したものかと疑うレベルで驚いたが、きちんと同意を得たと言うので更に驚いたのだ。
3年かけて彼女の信頼を得ることに成功したらしい。光輝のその執着心には凪も脱帽する。
200%光輝の機嫌がいいのはそのせいだが、メンバー以外にはまだ伝えていないらしい。
みなの態度は変わらず。2人の雰囲気も変わらずだ。一応婚約期間中なはずだが…全くそんな素振りはみせていない。
凪はアルバムの視聴が評判いいせいだと思うけど、油断するなよとテキトーに誤魔化す。
Linksは音楽活動の全てがセルフプロデュース、取材なども自分たちでリリース前で忙しくなり、マネージャー代わりにスタッフが取材などの仕事についてくれるのはありがたい。
運転を彼に任せた凪は少し休憩しながら、恋人から届いたLINEを確認する。
内容は「メイドさんかウエイトレスさんのおようふくいる?」という際どい質問だったが、恐らく撮影で使った衣装なのだろう…
最近はコスプレ系だけでなく、ユニセックス系のフツーの服のモデルもこなす紅葉だが、たまにこうしてコスプレ衣装を買い取るか確認してくるのだ。
凪は迷いつつ両方買い取ると返信した。
コスプレに手を出したらヤバいとは思っているが…男としての好奇心?探求心?がGOと言っているので仕方ない…。
不埒な妄想をしていると、スマホに着信があった。紅葉かと思ったら母親で、少し残念に思いながらも通話をスライドした。
「はい…。」
「あ、凪?
急なんだけど、今日ってこれから時間とれるかしら?今東京に来てるんだけど…」
「ホントに急だな…。
悪いんだけど、これから夜まで仕事…。
何?一人? 泊まりできてんの?」
聞けば学生時代の友人の家に泊まる約束で上京してきたが、食事と芝居を見たあとで友人の子供 が発熱した連絡がきたらしく、さすがに泊まりは遠慮したのだという。
お茶でもしながらこれからホテルを探すという母親の残念そうな声に凪は思わず「うちに泊まれば?」と告げた。
「あら、いいの?
顔を見れたら嬉しいけど…お仕事でしょう?」
「あー、迎え行かせるから。
とりあえずお茶でも飲んで待ってて?
今駅だとどこ?」
母、早苗の居場所を把握した凪は紅葉に電話をかける。
スタッフが側にいるので、会話の内容には注意する。凪と紅葉も交際も同棲もオープンにはしていないためだ。
「もう仕事終わったの?」
「うん! お家だよ?
お洋服は送ってくれるって!
凪くんはお仕事だよね?」
「あぁ、うん。移動中。
あのさ、帰ったばっかで悪いんだけど、ちょっと頼まれてくれる?」
「いいよ!お買い物?」
「詳細LINEするけど…今から銀座まで行ける?」
「大丈夫だよ!」
凪は母親のいる駅前のコーヒショップの地図と乗り換え案内を紅葉にLINEする。
次の現場に着くと、ちょっと電話を…と断り、人通りのない場所から紅葉に電話で説明し、
急に来ることになった母親を自分の代わりに迎えに行って欲しいと頼んだ。
「もちろんいいよ!
もう駅に着いたからこれから電車に乗って行くね!」
「悪いね。帰りは駅からタクシー使っていいから…あと、なるべく早く帰る。」
「うん!
えっと…僕はお家にいて大丈夫…?」
「当たり前だろ。
一応ルームシェアしてるとは言ってあるから…。
あ、俺ももう行かないと…。
母親の連絡先送るから…。気をつけてね。」
通話を終えた凪は仕事へと戻った。
今日はアルバムの宣伝で音楽情報誌の取材と、メンズファッション雑誌の写真撮影だ。
何故自分までモデルを…と思う凪だが、整った顔と長身、バランスの取れた長い手足…力強いドラムを叩くためにジム通いも欠かさずに美しく鍛えあげられた身体はまさにモデル向きだ。
17:55
無事に早苗と合流した紅葉は彼女の荷物を持ってエスコートし、凪に言われたように最寄り駅からはタクシーを使って帰宅した。
「ただいま~!」
紅葉の気配と声に反応した平九郎が玄関に駆け寄ってくる。
「あ、へいちゃん繋いでおくの忘れちゃった!凪くんママ、犬大丈夫?」
「飼ったことはないけど、大丈夫よ。
可愛い!けっこう大きいのね!」
「あ、ダメだよ、平九郎っ。
お着物に毛がついちゃう…。
ごめんなさい、凪くんママが来てくれて嬉しくて興奮してるみたい…。」
「気にしないで。
この子の為にルームシェアしてるのよね。」
凪はそう説明したらしく、紅葉は嘘をつく心苦しさを感じながらも「そうなんだ~」と答えて早苗をリビングに案内した。
ともだちにシェアしよう!