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第91話

凪の母、早苗にソファーに座ってもらい、コーヒーと軽く食べられそうなお菓子を用意すると、紅葉は平九郎の散歩へ出る。 「テレビのリモコンはここだよ。 おトイレは真っ直ぐ行って左…。 40分くらいで戻ります。ゆっくりしててね。」 「ありがとう。気をつけてね。」 早苗はキレイに整頓された室内を見渡して、思っていたより息子がきちんとした生活をおくっているようだと安心した。 壁に飾られた凪と紅葉がドラムとベースを奏でている写真はとても自然体で、早苗が近年見たことのない息子の素の表情がよく分かるものだった。 「あの子…紅葉くんの前だとこんな顔するのね…。」 1900 平九郎の散歩から戻った紅葉は夕食に何か頼むように凪から連絡があったことを説明すると、早苗は材料があるなら自分が何か作ろうかと申し出てくれた。 「でもお客さんだし…、あ、じゃあ僕が作るよ!カレーなら多分材料もあるし、作れるよ!」 「紅葉くん帰ってから全然休んでないじゃない…。私にやらせて? 普段ずっと動き回ってるせいか、待ってるだけって落ち着かなくて…(苦笑)」 老舗旅館の女将はとても忙しいのだろう、早苗はそう言うと紅葉からエプロンを借りて野菜を切り始めた。 「あ。甘いカレーがなかったんだ…。」 カフェオレとお菓子をつまみながら、早苗のサポートをする紅葉はパントリーを覗いて肩を落とした。 「あら。じゃあ…肉じゃがに変えちゃう?」 「大家さんからもらったレトルトのお魚もあるからちょうどいいかも! …でも僕、味付け出来ない…。」 「大丈夫。」 早苗は微笑むと慣れた手付きで出汁をとり、肉じゃがと味噌汁、わかめの酢の物を作っていく。 紅葉は白米をセットしてスイッチを入れただけで、あとを早苗に任せると少しだけベースの練習をした。 1945 「美味しい…っ! すごいっ! 凪くんのと同じ味っ!!」 味見をさせてもらった紅葉は、早苗の作った肉じゃがが普段凪が作ってくれるものと同じ味付けなことに驚いた。 「良かった。 普段は厨房の子たちに任せてるから…私、実はあまりお料理は上手じゃないのよ(苦笑) でもこれだけは前の主人…、あ、凪の父親よ。料理人だったの…。主人から教わった味なの。そう…いつの間にかあの子もちゃんと作れるのね…。」 感慨深くそう話す早苗を見て紅葉は胸が苦しくなった。 「…ごめんなさい。」 「えっ? …なんのこと?」 「…ルームシェアじゃないです…。 僕が凪くんのこと好きで…! あ、恋愛の好きで…それで一緒に住んでいます…。」 ごめんなさいと謝る紅葉は俯いてしまった。 「そうなのね…。 じゃあ同棲…ってこと? でもそれなら…凪も紅葉くんと同じ気持ちってことよね? …どうして謝るの?」 「嘘ついてたし…、 それに…! 凪くんはちゃんと女の人を好きになれるのに…僕といたら…この肉じゃがの味も受け継げないし…。」 男同士では子どもを持つことが出来ないので、想い出の大事な家庭の味も遺すことが出来ないと紅葉はもう一度謝った。 「紅葉くん…。 …あのね、私なんとなく2人はそうなのかな?って思ってたのよ?」 「えっ?!」 「…だってあの子…、紅葉くんと一緒にいる時すごく嬉しそうだし、暮れに来てくれた時も…あの写真だって…すごく自然体で…ホントにあの子らしさが出てるのよ。 だから…一緒にいて安心出来る人がいるんだなって思ってたの。 息子の相手が男の子なのはさすがにびっくりだけど…、紅葉くんみたいにこんなに可愛くて、素直でいい子なら…逆にあの子にはもったいないくらいだわ。 …そうそう! この前の母の日のお花も紅葉くんでしょう? 凪はいつもメールだけ。男の子なんてそんなものだと思ってたけど…今年は素敵なお花が届いて…ありがとう。すごく嬉しかったわ。 この肉じゃがは…これから2人でたくさん食べたらそれでいいじゃない。」 早苗はそう言って微笑むと紅葉の頭を優しく撫でた。温かくて優しいその手は大きさこそ違うが、いつも触れてくれる凪の手と触れ方もよく似ていた。 「ありがと…っ。」 紅葉は涙声で早苗にお礼を言うと、なんとか涙を堪えて顔をあげて笑顔を見せた。 「その、うちはいいんだけど… 紅葉くんのご両親は知ってるの?」 「僕、お父さんもお母さんももういないの。 5歳の時に飛行機の事故で亡くなって…。 …でもドイツのおじいちゃん、おばあちゃん、弟妹たちもみんな知ってるよ。 凪くんはうちで大人気なんだー! 双子の兄弟の珊瑚もこの前ここに泊まったし。あ、あの写真は珊瑚が撮ってくれたの!!」 嬉しそうにそう話す紅葉に早苗も自然と笑顔になる。 「紅葉くん…ちゃんと話してくれてありがとう。…本当は凪が言うべきよね! 全く!」 「凪くんもうすぐ帰ってくるよ。」 「支度して3人で食べましょう。 …あの…、私は2人のこと応援するけど…世間にはそうじゃない人もいると思うの。 …だから…、ツライことがあったらいつでもうちにいらっしゃい。」 「えっ、と…!」 「もし心が折れそうなことがあったら闘うだけじゃなくて逃げてもいいのよ。 ドイツはちょっと遠すぎるから…まずはうちに来て? これからは私が紅葉くんのご両親の代わりに…はなれないかも知れないけど…、そういう気持ちで私は2人を支えたいと思ってるから…困った時は頼ってね。凪と喧嘩したり、そういうことでもいいのよ。」 「…っ!! ありがとう、ございます。 許してもらえただけでもありがたいのに…すごく嬉しい…。」 2人は抱き締め合ってこれからよろしくねと言葉を交わした。 「ただいまー。 あー、疲れたっ! …何で抱き合ってんの? あ、なんか前も見たな…」 仕事から帰宅した凪は涙を浮かべながら笑顔で抱き合う母親と恋人を見て不思議そうに見つめた。

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