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第95話
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日本の夏特有の蒸し暑さに夏バテ気味の紅葉はなんとかテストを終えて、打ち上げは辞退して、帰宅したらすぐにバンドの練習だ。
駐輪場の手前で友人たちと別れて、自転車に荷物を乗せる。
鍵を差し込んで自転車に乗ろうとしたところで、タイヤがパンクしていることに気付く。
「あ…っ。また…!
しょうがない…また今度取りに来て自転車屋さんに持って行かなきゃ。
今日はバスにしよう。」
バスにしてもバンドの練習には遅刻することになるだろうが仕方ない…。
それとも凪に連絡して、ベースを持って迎えにきてもらうべきかと考えていると、ふいに背後から声をかけられた。
「もーみーじくんっ!
今帰り?」
「っ! こんにちは…。
はい…。もう帰ります…。」
紅葉に声をかけてきたのは例のしつこく誘ってくる4年生の先輩で、紅葉は自転車を盾に距離を取りながら答えた。
「帰ってカレシとラブラブするの?
送り迎えだけじゃなくて一緒に住んでるとはねー!男同士ってだけじゃなくて、バンド内のメンバー同士が付き合ってて同棲してるってけっこースキャンダルだよね?」
「あの…っ!!
ルームシェアだから…。」
「その言い訳は苦しくない?
手繋いで犬の散歩までしてさ?」
その男が見せたのは盗撮したのであろう、凪と紅葉のツーショットで…
大学への送り迎えの時のものや、夜、自宅付近で平九郎のリードを一緒に持って散歩をしている時のもの、スーパーで一緒に買い物をする様子が写ったものなどがあった。
同じ写真でも珊瑚が撮ったものとは比べ物にならないくらい不快で、わざと『それっぽく』撮られた写真にはゴシップ特有の悪意が感じられる。
知らぬ間に他人に盗撮されていて驚きと恐怖を隠せない紅葉…。
「これ、バレたらまずいよね?
バンドもツアーあるんだっけ?最近売れてるよねー。
カレシの実家もさ、旅館やってるんでしょー?家族とか従業員にバレたら変な噂がたってお客さん来なくなったりとか…?」
「っ!!
そういうのは…困ります。」
「…ちょっと一緒に来てくれる?」
「それは無理…!」
凪との約束なのできちんと拒否する紅葉。
しかし内心はパニック状態だ。
「いいじゃん。
散々カレシとか他の男とヤってるんでしょ?
1回くらいバレないよ…」
「No!」
首を横に振って必死に拒否する紅葉。
凪以外はありえないひ、それだけは絶対にダメだと訴え続ける。
「じゃあさ、写真撮らせてくれるだけでもいいよ? それなりの感じで…どう?
バイトだと思ってさー。
モデルで女装までしてんじゃん? ね?」
男に手を引かれそうになり、紅葉は思いっきり自転車を男の方に倒して、そのまま走り出した。
逃げないと…と、本能的に行動し、ひたすら走り続ける。
荷物も何もかも置いてきてしまったが、取りにいく勇気は出なくてそのまま走って、追いかけてきてないか何度も確認しながら自宅へと帰った。
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帰りの遅い紅葉と連絡が取れない凪は心配になり、電話をかけ続けながらとりあえず大学まで行こうとガレージに向かおうとしたところで帰宅した紅葉と会った。
「紅葉…!
どーしたっ?! ずっと電話してー!」
「凪くん…っ!!」
凪の顔を見ると泣き出してしまった紅葉に、凪は混乱しながらも抱き止めて、ひとまず家の中へ入れた。
光輝に今日の練習に行けないことと理由は後でと説明するとすぐに了解と返事をもらった。
泣き続ける紅葉をソファーに座らせて、凪も隣に座って肩を抱きながら落ち着くのを待つ。
異変を感じた平九郎も紅葉の正面をうろうろ歩きながらクゥークゥー鳴いている。
「凪くん…ごめんなさい…っ!!」
ずっとその言葉を繰り返す紅葉に凪は手を握って「もういいよ。大丈夫だから…」と優しく声をかけた。
先ずは怪我や乱暴されてないかを確認して、ホッとする凪。
紅葉が手ぶらなのに気付き、聞くと走って帰ってきたと言うので驚き、急いで水分をとらせた。
水を飲んだら少し落ち着いたのか、紅葉が凪との写真を見せられて脅されたことを教えてくれた。
「バンドにも…凪くんのお家にも迷惑かけちゃうかも…!」
「お前が無事ならもうそれでいいよ…。」
改めて紅葉を抱き締めると、再びしゃくりあげながら「ヴァイオ、リン…っ!」と訴える紅葉。
「っ!! 取られたのか?!」
「お、いてきちゃった…!どうしよう…っ!
鞄も…お家の鍵とか…全部…!!」
「スマホとか財布も?」
確認すると頷くので、本当に身1つで逃げ出してきたのだと理解する。
「スマホは…指紋認証でロックかけてるからら…。お財布もあんまり入ってないし…!カードとかは別にしてる…。
でも鍵…!凪くんがくれたのに…!
ごめんなさい…!お家の場所…もしかしたら分かってて…来るかも…」
「鍵はじいさんに言えばすぐ変えてくれるから大丈夫。日本の鍵屋ってスゲーんだぞ?夜中でも来るから。
とりあえず変えてもらえるまでは俺も平九郎も側にいるし…心配するな。」
ヴァイオリンだけは替えがきかないので、最優先で探すことにする。
凪はあの雨の日以降、連絡先を交換した紅葉の同級生に電話をかける。
簡潔に紅葉のヴァイオリンを探して欲しいと頼むと、テストの打ち上げを切り上げてみんなで大学に戻って探してくれると言う。
紅葉の人柄もあるだろうが、本当に友人に恵まれている。
凪は見つかったら連絡をとお願いして、お礼を言って通話を終えた。
その後、大家の池波にも「鍵を落としてしまい、申し訳ないが、高価な楽器もあるのですぐに交換したい。もちろん費用はこちらで持つ。」と話せば「鍵は信用出来る鍵屋がいい。明日の朝イチで行かせる」とアポを取ってもらった。
食欲のない紅葉にうどんだけ食べさせ、風呂に入れたあとすぐにベッドに寝かせる。
暗くなるまで友人たちが探し回ってくれたが、大学内にはパンクした自転車しか残っていなかったそうなので、十中八九例の男が持ち去ったのだろう…
「大丈夫…。絶対俺が取り返してやるから心配すんな。」
凪はそう紅葉に約束して、震える恋人を抱き締めて寝かせた。
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