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第129話

8/20 1500 「う"ぅー…。」 「…一緒に来る?」 「いい…、待ってる…。」 「すぐ戻るから…。…大丈夫だって。 えっと…シャツ離してもらっていーい?(苦笑)」 「はい…。」 "ナンパされないでね"とお揃いのキャップを被った頭を一撫でされた紅葉は凪に買ってもらったフラペチーノに口を付け、駅前へ向かう彼を見送った。 "元カノと会うけど…いい?" そう凪に聞かれたのが数日前…。 順風満帆な日常と紅葉の心に小さな波紋が広がった。 隠し事をしない約束なので、確認してくれたのは良かったのだが紅葉はずっと胸の奥にモヤモヤを抱えていた。 凪は紅葉を連れて第三者の目がある場所で会うことにし、何年も前に貸しっぱなしだった本や音源を受け取る為にとある駅前へと向かったのだ。 処分したのだと思っていたが、凪が亡くなった父親から譲り受けたものだということを思い出した元彼女が捨てるのは…と友人を介して連絡をしてきたのだ。 少し到着が遅れているらしいその元彼女とは3年くらい前に1年半くらい付き合って、2つ年上の彼女は仕事が、凪は音楽活動が忙しくなって別れたらしい。 「どんな人か気になるけど、凪くんと2人で並んでるとこ見たくない…。」 紅葉はカフェのカウンターに伏せて、凪からの連絡を待つ。 なかなかスマホが鳴らず、心配になった紅葉が駅前を見渡せば、ロングヘアーの女性と凪の姿が目に入ってきた。 顔までは見えないが、絶対に美人だと確信出来るシルエットと、大人の女性らしくセンスが良く上品な服装。 「…お似合い……。」 対する紅葉はTシャツといつものスキニーパンツにスニーカー。 今日はこの後バンドの練習なのでこの服装で合っているのだが、自分が凪の隣に並んでも2人のように恋人同士には見えないだろうことは安易に想像出来た。 普段はほとんど2人でいるし、2人以外だと周りにいる人間はLinksのメンバーとスタッフが主なので、ある意味世界が狭くて気にならなかったのだが、 その気になればいつでも凪は彼女のように美しい女性の手を取ることが出来るのだと、改めて実感すると、紅葉は不安な気持ちでいっぱいになった。 「凪くん…っ!」 やっぱり来なければ良かったと紅葉の目から涙が溢れそうになった瞬間、凪から着信がきた。 「あ、もう飲み終わった? 店の前に出てこれる?」 「うん。 凪くんは?… 終わった?」 「ちょっと状況変わって…送って行きたいんだけどいい?」 「…僕一緒で大丈夫…?」 「もちろん。紹介するから。 なんか電車遅れてるか止まってるみたいで、彼女…妊娠してるんだって…。タクシー待つって言うんだけどさ、暑いし…送ってっていい?」 「…それは大変…っ!!」 紅葉はすぐにカフェを出て凪の元へと向かった。 真夏の暑さの中、妊婦さんを待たせるわけにはいかないと自然と身体が動いた。 「初めまして。まゆです。 今日は無理言って彼と会わせてもらってごめんなさい。」 「こんにちは…っ。」 目の前に対面したまゆは知的な雰囲気のあるとても綺麗な女性で、紅葉は緊張しつつもなんとか挨拶をしてペコリと頭を下げた。 隣に凪が立ち、紹介を始める。 「俺の恋人の紅葉。見ての通り男だけど、真剣に付き合ってて今、同棲してる。 同じバンドでベース。バイオリンも弾けてめちゃくちゃ上手いんだよ。」 「わぁ、近くで見ると本当にキレイな子…!」 「…僕も同じこと思ってた…。」 素直にそう告げる紅葉にまゆは笑顔を見せる。 「和んでないで行こっか…(苦笑) マジで暑いし…!」 日傘を差して歩くまゆのペースに合わせて、駅前の駐車場へ移動する。 凪はエンジンをかけてエアコンを最大にし、 紅葉はまゆをエスコートする。 「機材で狭いから助手席に座る?」 「後ろで大丈夫よ。ありがとう。」 手を引いて段差を支えると、まだそんなに目立たないがお腹が苦しくないようにシートベルトを見てあげて、自分のリュックから水を取り出してまゆへ渡す。 「これ、まだ開けてないから良かったら飲んで下さい…。凍らせてたからまだ冷たいよ。」 「いいの? ありがとう。」 紅葉が助手席に座り、凪が行き先を確認すると車はゆっくりと、走り出した。 まゆは来月結婚して婚約者の住む名古屋へ引っ越すと言う。 荷物を整理してたら凪の大切な荷物が出てきて悩んだが返さなければと思ったらしい。 「仕事は?辞めるの?」 「うん。フリーでなんとかやっていくつもり。」 ライターだというまゆはご縁があったら取材させてね、と冗談で話した。 「あ。電話だ。紅葉出て。」 ポケットに突っ込んだスマホを当たり前のように紅葉に渡す凪。 「うん。…あ、光輝くんだ! もしもし? 紅葉だよ。 うん…、うん。 分かった!」 「何て?」 「電車止まってて遅れるから先に練習始めてって。北海道フェス用の同期出来てたら動作確認と…」 「あれだろ、ステージ位置と高さの確認!」 「うん。あと特効のタイミング決めておいてって。」 「了解ー。まぁ、やるならあそこしかないけどな。お前忘れてビビるなよ?」 「覚えてて分かっててもビックリするよね!」 「しねーよ(笑)」 2人のやり取りにまゆは感心する。 「お似合いだね。」 「えっ?!」 驚く紅葉に凪は"そうだろ?"と惚気た。 「公私共にパートナーって感じ。 凪がそんなに気を許すのって初めて見た。」 「だから言ったじゃん。 こいつは俺の特別だって。」 凪の一言で沈んでいた気持ちは一気に急上昇した紅葉。 「特別…? 嬉しい…。 ありがとう、凪くん! 大好きっ!!」 「もー、ラブラブ過ぎてお腹いっぱいー!」 笑顔でまゆを送り、2人は練習へと向かった。 「イヤな思いさせてごめんな? 今日は紅葉が好きな物何でも作るから。」 練習後、そう言ってくれた凪に紅葉は遠慮なく肉じゃがとハンバーグ、トマトとチーズのサラダをリクエストした。 「お前…先月夏バテしてなかった? スゲー食欲だね…!」 「モヤモヤしてて昨日はあんま食べれなかったから終わったらすごーくお腹すいた!」 「いや、昨日親子丼おかわりしてたじゃん…(苦笑)ま、いーけど。 デザートに梨もつけてやる!」 「やった。 凪くん…あとチューも。 100回…! やっぱり200回!!」 「多…っ!(笑) 了解。」

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