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第136話

散歩に出て1時間が経つ頃、紅葉はようやく帰宅した。 「お帰り…遅かったな?」 俯く紅葉と、散歩用の小さな鞄を自分で咥えている平九郎を見て凪は何かあったのかと近付く。 紅葉を見れば、ハーフパンツから覗く膝が擦り切れていて血が滲んでいた。 「転んだの? 痛そ…。」 「うん…。躓いて、平ちゃんのリードに足引っ掛かって…! …痛い…っ!」 涙声の紅葉に凪は迷わず手を差し伸べる。 多分、涙は痛みからだけではないのだろう…。 「おいで。こっちで手当てしよ。 平九郎は自分で荷物持って来たのか? えらいな…。よし、水飲んでおいで…。」 凪が鞄を受け取るとたっぷりと水を飲み始める平九郎。ソファーに座った紅葉を側で心配そうに見つめている。 「消毒するからちょっと染みるかもだけど我慢な? 怪我は膝だけ? 手は?大丈夫?」 救急箱を持った凪が確認すると他に怪我はないようでホッとする。 太股の上に置いた手をぎゅっと握り締めて痛みに耐える紅葉。 「終わったよ? まだ痛い?」 "今日は風呂染みるからシャワーだなぁ…"と呟く凪。 「バチが当たったの…。」 シュンとしてポロポロと涙を落とす紅葉の手を握る。凪が少しキツく言っただけでこの状態なのは少し心配だ。 「もういいよ。 俺も強く言い過ぎたし…。 チャーシューはいっぱい作ったから冷凍してまた食べればいいし。 スープも冷蔵庫入れるから明日の朝飯にすればいいよ。」 そう言って紅葉の頭を撫でた。 「何かして欲しいことある?」 凪の問いに紅葉は… 「ぎゅってして欲しい…。」 と、小さな声で言った。 凪は床に膝をついて、ソファーに座る紅葉を優しく抱き締める。 紅葉の後頭部を左手で支えながら、おでこをくっ付けて潤んだ深緑色の瞳を覗く… 「ちょっと待て…。 お前…熱くね?」 「?? お外歩いてきたから…?」 「いや、それにしても熱い気が…! 散歩長かったから熱中症?? えっ、紅葉、具合悪くない?!」 「膝痛い…」 「それ以外は?」 「頭も少し痛い… けど、勉強したからかも…?」 お菓子を摘まみながら課題をやっていたせいかと言う紅葉に苦笑する凪。 「とりあえず水持ってくるから飲んで…。 もう少ししたら熱測ろう…」 散歩で上がった熱なら時間と共に落ち着くはずなので、その間に水分を取らせ、タオルで汗を拭き、20分後に体温計を渡すと… 「38℃…!」 光輝同様に風邪をひいたようだ。 疲れも出たのだろう。 見事にみなの予想が的中した。 今思えば具合が悪くて夕食も食べられなかったのだ。それを気付かずに(本人も自覚がなかったようだが…)怒ってしまって凪は反省する。 熱が上がる前にシャワーで汗だけ流して、スポーツドリンクを飲ませる。 ソファーでボーっとする紅葉に福島で買ってきた桃を剥いて差し出した。 「ご飯残したからデザートはダメなんだよ…?」 紅葉の実家のルールなのだろう、そう言って首を横に振る恋人の横に座る凪。 「いいんだよ。体調悪いんだし…。 俺、全然気付かなくて…さっきはキツく言ってごめんな? せっかく剥いたし、色変わる前に一緒に食べよ。甘いらしいよ?」 同じ物をお土産で渡した池波の家族からも好評だったので、きっと紅葉も気に入るだろう。 凪がフォークに差した綺麗な実を差し出せば、紅葉は頷いて口を開けた。 「美味しい?」 「うん…! 甘くてジューシーで、冷たくて美味しい。」 「いっぱい食べな。」 「怒ってない? 凪くんも食べて?」 「怒ってないよ。 うん。」 2人で美味しいね、次は贅沢して丸ごと齧りたいなと笑い合いながら桃を食べた。 食べ終わると紅葉に風邪薬を飲ませて、歯を磨かせる。すぐにうとうとし始め、凪は"膝も痛いだろうし、熱があるから特別"と、抱き抱えて寝室へ運んだ。 「早く治してね。 北海道行けないよ?」 「やだ。絶対行くの。」 「じゃあもう寝て。 眠るまでここにいるから…。」 「手…繋いでくれる?」 「いーよ。寒くない? おやすみ…。」 凪は紅葉の手を取りおでこにキスを送って電気を消したのだった。 で、翔から呼び出しで今に至ると。 紅葉の熱は今日もまだ微妙に上がったり下がったりで、さっき病院へ連れて行ったところだ。 とにかく水分をとり、無理のない範囲で食べさせて休ませろとの指示に頷いて看病をし、眠っている間に翔のマンションへやってきたのだ。 帰宅したら紅葉を着替えさせて、北海道へ行く支度をしないといけない。 なんとか回復するといいのだが…。 因みに光輝は1日で復活して、すぐにまた仕事の鬼になっているらしい。 「珊瑚ん家どーだった?」 「街並みが絵本みたいで、田舎で、家の中は賑やか過ぎたよっ!!(笑) 聞いて!連日サッカーに付き合ってたら2キロ痩せた。」 弟たちは朝から晩まで元気いっぱいらしい。 凪は翔の話を聞きながら片付けの手を進めた。

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