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04
風呂から上がり、夜のことを考えて浮足立ちながら寝巻きに着替える柊一郎。
深緑色の肌触りのよい生地のパジャマは洗濯したてなのだろう、柔軟剤のいい匂いがした。
仄かな石鹸の香りだ。
あまり匂いのキツイものを好まない柊一郎に合わせてゆきが選んだのだろう。
身も心もさっぱりしたように感じ、柊一郎は上機嫌で洗面所を後にした。
リビングに入ると、テーブルには既に夕食が並べられていた。
柊一郎に気付いたゆきがこちらに駆け寄ってくる。
淡い水色のエプロンがとても似合っていて、なんとも可愛らしい。
「あ!柊一郎さん、ちゃんと髪乾かさないと!いつも言ってるのに」
ゆきは腕を伸ばし、柊一郎の肩に掛かるタオルでまだ濡れる頭を拭いた。
優しく両手で撫でられる感触に柊一郎は心地好さそうに目を細める。
「ん」
「ん、じゃないです。風邪引いちゃいますよ、もー」
勿論わざとである。
「今日はスーパーでじゃが芋と玉ねぎが安かったので肉じゃがにしてみました」
食卓につき、二人揃っていただきますをする。
嬉しそうに今日の献立を解説するゆきに、柊一郎はそうかそうかと微かに口の端を上げた。
あまりお喋りではない柊一郎の分まで、ゆきが今日一日の出来事を話しながら食事が進む。
ベランダで育てているハーブの芽が最近やっと出たとか、テレビで楽しみにしている番組があるとか、そんな当たり障りのない話をまるで特別なことのように一つ一つ話すゆきに愛しさが溢れて止まらない。
うんうんと相槌を打って全ての話に耳を傾ける柊一郎、その時ふとあることに気が付いた。
「ゆき、今日はいつもより少食だな」
「へ?あ、…こ、これは…あの、」
「?」
気まずそうにもじもじしながら伏し目がちにこちらを見やるゆきに柊一郎は首を傾げる。
ゆきの茶碗には、ほんの少しのご飯しかよそわれていなかった。
食べることが大好きなゆき、いつもはもっとたくさんよそっている筈なのにどうしたのだろうか。
…まさか体調が悪いのか!と思い不安になるが、ゆきの言葉でその不安は掻き消えた。
「今日、お隣さんにその…動物に例えたら俺はハムスターに似てるって言われて、その理由がもっちりしてるからって…」
ハムスター、もっちり…。
「あ!柊一郎さんまで、笑わないで下さい、!」
あまりにピッタリだった為、くっ、と喉の奥で笑う柊一郎。
どうしても我慢出来なかったのだ。
柊一郎の反応に、ゆきは顔を真っ赤にしてむくれた。
そのほっぺたが正にハムスターのようだと言えば確実に怒らせるだろう。
確かにゆきはどちらかと言えば細身ではないが、ふくよかでもない。
言葉にするならば少しむちっとしている程度なのだが、本人は気にしているようだ。
こうやって何度かダイエットに挑んでいる。
今回で何度目だろうか。
「ハムスターは嫌なのか?」
「嫌、とかじゃなくて…だって、」
「ゆきはそのままでいい。それに、ハムスターは可愛いじゃないか」
「……俺も、ハムスターは好きですけど」
まだ不服そうに唇をとんがらせるゆきに、柊一郎は席を立つとひょいとその手の中から茶碗を奪った。
そのまま炊飯器に向かい、無遠慮にご飯を盛っていく。
「しゅ、柊一郎さん…!」
あうあうと戸惑うゆきに構わず、いつもより多めにご飯をよそうと、柊一郎は茶碗をゆきの前に置いた。
「俺は美味しそうに沢山食べるゆきが好きだ」
「柊一郎さん…っ」
柊一郎の言葉にじーんとしながら、ゆきは今回もダイエットを諦めるのだった。
ゆきだってご飯はたくさん食べたいし、旦那様が好きだと言ってくれているのだから、それでいいのだ。
「うう、美味しい…」
幸せそうに食べるゆきを見て、柊一郎は安堵した。
何故なら柊一郎はゆきのむちむち加減が好きなのである。
だからゆきがダイエットを考え出す時にはいつもこうやってやんわり阻止しているのだ。
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