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第2話
***
高速道路を利用して、四時間弱。
ところどころ軽い渋滞につかまりながらも、昼過ぎには目的地・上田に着く。
まずはそば屋に入って腹ごしらえを済ませ、近くにある北国(ほっこく)街道の宿場町をぶらぶらと散策した。趣のある古い家が建ち並んでいるが、観光用ストリートとしては規模が小さい。
軒先に杉玉のかかった酒蔵を見つけ、大輔はちらりと田辺へ視線を向けた。
試飲がしたい。だが、飲んでしまっては、運転を代われない。
「上田城を見た後は、宿に入るだけだから」
にこやかにうなずいた田辺に背中を押される。
宿までは二十分ほどだと言われ、大輔は意気揚々と店内へ入った。
女性店員に勧められるままに試飲を重ね、気に入った日本酒を選ぶ。すかさず財布を取り出す田辺を牽制しながら、大輔も自分の財布を取り出した。
「自分で払う」
睨むように見据えると、ニットジャケットを着た田辺は気障に肩をすくめた。
嫌味になるぐらい似合っていて、同じ男として苛立つ。だが、別の意味でも大輔の胸はざわめいた。
指先がじんわりと痺れるような感覚のあとで、身体がふわっと熱を持つ。大輔は落ち着きなく視線を揺らした。
「俺にも一本、選んで。家で飲むから」
大輔の反応に気がついた田辺が言い出す。
この場をやり過ごしたい大輔は、価格の高さで迷って断念した一本を嬉々として押しつけた。どうせ一緒に飲むことになると、タカをくくる。
田辺もそのつもりだろう。
「会計は二本とも一緒でお願いします」
さらりと言われ、大輔の反応が遅れる。女性店員が戸惑いを見せ、
「俺の分は、俺が」
と大輔は食い下がった。
「いえ、一緒でいいんです」
「なんでだよ」
「恥をかかせないで……ね?」
ふいに小声でささやいた田辺は、大輔が固まった瞬間に女性店員を促した。
「べつに、これぐらいの支払いで、取って食いはしないんですけど」
「仲がよろしいんですね」
微笑んだ女性店員が会計を始め、悶絶必至の大輔は田辺の背後に回った。腰のあたりにドスドスと拳をぶつけ、ジャケットを指で摘まんで引っ張る。
「払うから。あとで絶対に払うから」
「また、そのうちに」
「……ちげぇよ。……くそ」
口の悪いぼやきがこぼれてしまったのは、昼食の支払いも田辺だったことを思い出したからだ。
「怒ることじゃないだろ」
酒蔵の店舗を出て駐車場へ向かう途中、田辺が斜め後ろから声をかけてきた。買った酒は二本とも、半ば強奪するようにして大輔が持っている。
「怒ってねぇし!」
「宿代を支払いそうな勢いだな」
図星をさされて、大輔はぐっと息を呑んだ。いままさに、その話をしようとしていたところだ。
「あんまり無粋なこと言うなよ」
隣に並んだ田辺のからかいに、大輔はまっすぐ前を見たまま、くちびるを引き結んだ。
「……大輔さん」
顔を覗き込まれる。
「拗ねてるの?」
「違うッ! おまえはいちいち嫌味なんだよ。……変だろ。あんなの。仲良しとか言われて……ッ」
「変? 恋人なのに?」
息を吐き出すように笑った田辺は、さっと身を翻した。
「ふざけんなよッ!」
大輔の膝が宙を切る。
「逃げんな」
「酒瓶を落とすから……」
「落とさないッ!」
声をひそめて怒鳴り返し、大輔はドスドスと足を踏み鳴らす。観光シーズンからはずれている上に、平日だ。人通りは途絶えている。
ひっそりとした日常の風景の中を、大輔は肩をいからせて歩く。先を急ぐ振りをしたのは、『恋人』だなんてサラリと言われ、妙に恥ずかしくなってしまったからだ。顔を見られたくない一心だった。
「置いてかないで~。だーいすけ、さーん」
ふざけた田辺の声は優しく甘く、楽しげで、機嫌が悪くなったり怒ったりする大輔を苦にしていない。
だから、振り返らなかった。
顔を見られてしまったら、感情のすべてが悟られてしまう。それがこわくて、ひたすら前に進む。好きだと言ったことがあっても、言われたことがあっても、恋人だと確かめ合ったことはない。
しかし、そういう関係なのかもしれない。セックスで前後不覚になっていたとはいえ、大輔はもう何度も好きだと繰り返している。田辺からも言われている。
考えるとますます恥ずかしくなり、酒の入った袋を持つ手が汗ばんだ。
「大輔さん。左だよ」
またしても優しく声をかけられ、大輔はキュッと左へ曲がる。
初冬だというのに、暑くてたまらなかった。
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