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身分不相応

(四)  空が白じむ頃。藤次郎はふと、目を覚ました。  果たして男に抱かれ、淫らに喘いだあれは夢だったのだろうか。  縛られていた両腕はいつの間にか解かれている。  それに座敷は硬い畳だった床には布団が敷かれ、乱れていた着物も、あの行為が嘘のように綺麗に整えられていた。  しかし、男に抱かれた身体は気怠く、あの情事は夢ではない。  その証拠に、自分を組み敷いた男は今、自分の腰に腕を回し、静かな寝息を立てて眠っている。  藤次郎は男の腕の中で、ただただ自分を組み敷いた彼を見つめていた。  藤次郎は自分と同性の男に抱かれた。しかし不思議と目の前の男に恨みはなかった。   その理由は一目瞭然だ。藤次郎はこの凛々しい男に一目惚れをしてしまったのだ。  初めての恋の相手が自分と同性で、しかもかなりの身分であるだろう。自分とは不相応な相手に違いない。 (このまま、ずっとこうしていたい)  しかし、この夢はすぐに覚めてしまうだろうことは知っている。  武家とは名ばかりの貧乏な自分は、どう足掻いてもこの男とは釣り合いが取れない。  自分の両親が健全で、お家も断絶していなければ――。  そして自分もまた、このように擦れた性格をしていなければ――。  そうであったならば、藤次郎はこの男に相応しい人間になっていたに違いない。  けれどそれは夢のまた夢。有り得ない幻想に過ぎない。  恋心に恐れた藤次郎は後ろ髪を引かれる思いで男の腕から逃れると、すぐに屋敷を抜け出した。

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