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ウリ専のおれが、ある日出会ったその人は#2

「座ってください」  きょとんとした村岡に向かって、男は再度促した。 「椅子が壊れてるから。ここ、座ってください」  たしかに二脚セットの椅子の片方が壊れている。男はベッドの上の、自分の隣のスペースを叩いた。村岡は困惑しつつ、指定された場所に腰を下ろした。 「おれ、了介(りょうすけ)って言います」  自己紹介する男。こんなことは初めてだ。村岡はぺこりと頭を下げる。 「初めまして」 「初めまして。セイっていうのは、本名ですか?」  口をつぐむ村岡に、了介は慌てて言った。 「いや、ごめん。答えにくいですよね。気にしないで。じゃあ、セイ君。セイ君は、〈BLUE MUSTANG〉は長いですか?」 「一年と半年くらいです」 「本店出勤はある?」 「いえ。いつもホテルを回ってます」 「あからさまなことを訊いて、すみません。……やっぱりセックス担当なんですよね?」  村岡は赤くなった。本店と言って、クラブ〈RED MUSTANG〉に勤めているホストはいる。しかし、村岡は〈BLUE MUSTANG〉で働いている。連絡を受け、客が待つホテルに向かい、セックスして金をもらう。それが仕事だ。ゲイやバイの人間に体を売る、いわゆる性風俗メインの「ウリ専」である。〈BLUE〉と〈RED〉を掛け持ちしている者もいる。そういう人間は、だいたいセックスがメインの〈BLUE〉から、〈RED〉へと比重を移していく。 「お、おれは、お客さんとセックスすることでお金をもらっています。ホストみたいなことはできません。しゃべるのも上手くないし、愛想もないし、笑顔が素敵でもないし」 「なるほど。……〈RED〉に移りたい気持ちはありますか?」  村岡はにわかに緊張した。もしかして、これは面接試験なのだろうか? 〈BLUE〉から〈RED〉へ移るための。この人は店が派遣した面接官なのか? 思わずガチガチになる。了介の顔も上手く見られない。  それでも、正直に言った。 「お、おれ……〈BLUE〉は、つらいことも多いけど。でも、セックス、好きだし……」 「あなたのポスター、ネットで見ましたよ。『ドMです。物のように扱ってくれるご主人様を探しています』。……酷い目に遭わされることもあるのでは?」  了介の顔が本当に心配しているように見えて、村岡は思わず目に涙を浮かべていた。拳をぎゅっと握る。 「は、はい……。ひ、酷いことをされることもあります。今日も……」 「なにをされたんですか?」 「……あの……」  赤くなってうつむく。しかし、言葉は出ない。了介は静かに言った。 「そうか。つらかったですね」 「……はい」  低く穏やかな声が、まるで鎮痛剤のように心に沁みた。顔を上げ、目を細めて笑った。 「ありがとうございます。仕事だから、って思ってるけど……。ときどき、とてもつらくて。死にたいなあって思ったりもするんです」  しばしの間。すぐに我に返って青くなった。口が滑った。了介の眉間には皺が刻まれている。 「酷いな……」  暗い声にびくっとする。了介を見つめると、彼は険しい顔だった。 「あなたにそんなつらい思いをさせているのは、酷いですよ。辞めようとは思わないんですか? 生活のため?」 「あ……」  ふるっと震えた。優しい言葉が、侮蔑と恥辱で傷だらけの心にひりひりと染みる。  了介の顔を見つめて、緩んだ笑顔を浮かべた。 「いえ、あの。おれ、さっきも言いましたがセックスが好きで……。元カレにも褒められたし。たしかに酷い目に遭うこともあるけど、おれ、セックスするくらいしか特技とか、人に誇れるものがなくて」  了介は真剣に聞いている。 「あの……それに、もし『運命の人』が現れたら、って思って。この仕事を続けていると、いつか『運命の人』に会えるんじゃないか、って……。もし『運命の人』が現れたら、おれ、この仕事辞めようって……思ってるんです……」  言葉が尻すぼみになっていく。耳まで赤くなるのを抑えられなかった。  畑中のように馬鹿にしてくる相手なら、こちらもそのつもりで、ある意味気楽に言うことができる。しかし、了介は真剣に聞いてくれている。そんな相手の前で、「運命の人」は恥ずかしい。 「へえ。おめでたいねえ。頭のネジが飛んでるんだな。だからこんな仕事も続けられるってわけか」  畑中の言葉が脳裏に甦る。この人にも、頭がおかしいって思われるのか。しかたないよな、という諦めと共に胸が苦しくなった。  しかし、了介は嗤わなかった。「そうか」と言った。 「セイ君の『運命の人』、見つかるといいですね」 「あ……」  鼻水をすすり、了介の顔を見つめ、すぐにうつむく。 「『運命の人』ってなかなか出会えないけど、でも、おれも出会ったことがあるんですよ」  村岡はうつむいたまま涙をぬぐった。顔を上げる。 「りょ、了介さんも、運命の人に出会ったんですね。だったら、おれも出会えるかな」 「出会えるといいですね」  了介が大きな手で頭を撫でた。村岡の顔が緩む。全身が脱力した。了介は手を離し、ささやいた。 「馬鹿にする人もいるかもしれないけど、おれは『運命の人』、いると思いますよ」 「でも、全員にはいないですよね? ずっと一人で生きる人もいるし。おれにはいないかもしれないな……」 「それは、わからないけど。『運命の人』に出会ったらどうしますか?」  村岡は顔を上げ、ふわっと笑った。 「ずっと探してました、これからもずっと好きです、って言います」 「可愛い」  了介が笑うと、村岡は赤くなった。 「意外だな。写真で見たセイ君はとても凛々しかった。眼光鋭くて。でも、こんなに可愛いなんて」  さらに真っ赤になる。あわあわと首を横に振った。 「お、おれ、別に可愛くなんて……!」  自分が可愛くないことを、いやというほど知っているのだ。村岡の憧れは白雪姫だ。彼女のように可憐で美しい顔とは天と地ほどもかけ離れている。いや、あんなに可愛い顔じゃなくてもいい。せめて、もっと女っぽい顔だったら。そんなことを思っている。  そして村岡は自分の強面のせいで、男たちの征服欲が掻き立てられていることに気がついていない。 「いや、可愛いですよ。でも、すみません。こんなこと言ってると、まるで口説いているみたいだ」  真面目な顔の了介に、村岡はぽかんとした。口説いてるわけじゃないのか?  この人なにしに来たんだろう、という疑問がようやく村岡の頭に湧いた。

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